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セルフ日記2002年1月

1日(火)あけました。
あけましておめでとうございます。今年もこの日記を、そして東大落研をよろしくお願いします。昨日のテレビはどれも微妙でしたね。テレ朝の超能力バトルはめちゃめちゃ面白かったけど。たぶん、テレビで笑いを取るのは舞台上の笑いよりもずっと大変なんだろうなあ、と感じました。いや、そうでもないのかな。そうゆう「作る側」の視点で見ることって今まであんまりなかったから、よくわかりません。最近、夜型の生活になっていたので、昨日は案の定眠れなくなり、朝方まで「ガキの使い」を見てました。罰ゲーム特集をやっていて、「24時間耐久鬼ごっこ」と「廃旅館1泊2日」をやってました。あれは名作ですね。何度見ても笑えます。企画勝ちだなあって感じがします。というわけで、結局6時頃に寝て、今日は昼まで寝ていました。

2日(水)時間
夜型生活から脱出するため、今日は無理に早く起きました。しかし、休みに入ってからというものの時間を無駄にしてるような気がしてなりません。まあ、実際、無駄にしてるんですが。それでも通常時なんかは、3、4限だけ授業に出てまっすぐ帰ってきて家では特に勉強しなかったりしても、そんなに時間を無駄にしたとは感じないものです。やはり授業に出るという事が大きいのでしょうか。でも実際は、授業に出るより自習の方が学習効果があったりするものですから、「気分」だけでタイムマネージメントをするのは間違いなのかもしれません。よく考えれば、今は通学時間がない分だけ自由な時間も多いし、今は今でまあまあ時間を有効利用できているのかもしれません。
時間は考えれば考えるほど不思議なものです。今となっては相対性理論によって、絶対的な存在ではなくなってしまいましたが、人間にとって神秘なる対象であることに変わりはありません。今日放送された「新春!モーニング娘。LOVEストーリーズ」の中で、「時をかける少女」をやっていました。未来から人がやってくるってゆうベタな設定にもかかわらず、ストーリーも面白く、伏線の張り方もうまく、安倍なつみもかわいいのは、「時間」が持つ力の表れだと思います。後藤真希のドラマが微妙だったのも、おそらく「時間」の力です。矢口真里の黒髪が新鮮だったのは、関係ないかもしれません。とにかく、時間というものは面白いです。哲学的側面、物理学的側面、いろいろな面からアプローチしていく価値のあるものだと思います。…おっと、そろそろ時間です。それでは失礼。

3日(木)徒然なるままにセルフ
年末年始の特番ラッシュにたいして興味も沸かない僕ですが、楽しみにしていた番組も少しはあります。昨日の「モーニング娘。LOVEストーリーズ」もそのひとつ。そして、今日は同じTBSの「フードバトルクラブ」です。この番組は従来の「大食い」系番組の常識を打ち破ったといっても言いすぎではないと思います。大食い番組といったら、テレビ東京の「TVチャンピョン」が有名ですが、今日はその番組も同じ時間帯でやっており(一時期、問題になっていましたが)、否が応でも比較されてしまったと思います。
この番組のすごい所は、一言で言えば「演出」。すごいと言うより、行き過ぎたその演出は見る者に油断もスキも与えません。行き過ぎた演出といえば、同局の「ガチンコ」があまりにも有名ですが、この番組はそれ以上かもしれません。3分に1回は「しかしこの後、番組史上に残る空前の事態が!」。いったい、何回番組史上に残ってしまうのか。いったい、何回伝説を作れば気が済むのか。しかも、ボクシングや受験勉強ならばわかるが「大食い」。大食いで伝説を作り、大食いでパフォーマンスを見せ、大食いで神に近づく。そのあきれるほど大袈裟な語彙がこの番組のすごいところです。次に、バトル形式の工夫です。特に早食いに関しては、革命を起こしたといっても過言ではないでしょう。カレー1皿を5秒で食べる。ウーロン茶1リットルを15秒で飲む。見ている者に一番衝撃を与える形で戦わせるのです。
最後に最も重要かつ最もうまい演出を行っているのが、挑戦者(フードファイター)に対してのキャラ設定です。素人が出演している以上、キャラ設定は必要不可欠です。この番組は、このキャラ設定に対して完璧な対応を見せているのです。キャラ設定で成功したものとしてあまりにも有名なのが、ご存知「モーニング娘。」。このグループは、言うまでもなく従来のアイドルに革命を起こしました。いろんな雑誌や、いろんな本で似たような論が展開されているので、多くは語りませんが簡単に。まず、このグループの革命的なところは「グループ」に対して個性を見出すのではなく、グループの「メンバー」に対して個性を見出していくこと。モーニング娘。と言えば増殖、がキーワードですが、それもグループのイメージを固定させないためであるのは言うまでもありません。そして、いきなりひとりひとりの個性を出すのは難しいので、タンポポ、プッチモニ、ミニモニ。といったユニットを作り、まずはおおまかなイメージを作っておいて、そこからひとりひとりの個性を見せていくのです。今、5期メンバーはほとんど4人単位で動いていますが、それも同じような理由から来ているのは間違いないでしょう。こう、言い切ってしまうのも何ですが。そうゆう理論が合っているとか合ってないとかはもとより、このグループの最大の魅力が、メンバーのキャラ設定にあると僕自身が思っているからです。
ちょっと話がズレました。まあ、この日記は「書きたいことを書いていく」のがコンセプトなので、話題は飛ぶのもやむを得ない事です。さて、フードバトルクラブの話に戻します。この番組に欠かせない人物が、「地上最強の胃袋」小林尊です。特に1st、2ndでは小林尊にカリスマ性を与え、番組を大いに盛り上げました。そして今回の3rdでは、彼を前回覇者の「大食い大魔人」白田信幸の最大の強敵として見立て、2人の対決が描かれることにより、より演出に深みが加わりました。また他の選手に対しても、飲み物系にはめっぽう強い者、早食いでは負けない者、優勝候補を破った者、などの個性を見出し、それを最大限に見せる工夫をしているのです。
そういった個性の他にも、戦い方(ファイトスタイル)にも個性が表れます。戦い方といっても、TV東京のように、走って何かをとってきてピポン、というようなものではなく、相手との駆け引きや時間配分、総じて言うなら「戦略」です。前述の小林尊という人物は、この「戦略」を最も重視している選手だと思います。大食いといえば、胃袋の大きさだけが問題で、他の要因など微々たるものだと思うかもしれません。しかしこの番組では、様々なバトル形式が用意されているので、実は戦略も大きな要因もひとつになってくるのです。今回の小林尊の戦い方を見てみると、3rdステージで餃子の皿に口をつけ流し込むように食べるスタイルでベストタイムを5秒以上も更新し、セミファイナルでは苦手な食材でのバトルを敬遠するといった戦略面でのレベルの高さがうかがえます。
勝負事に勝つためには、実力と方法論の2つが必要であるというのが僕の持論です。これは浪人時代に、受験という勝負に勝つために考えぬいた末の結論です。多くの人は、実力だけを磨こうとし、方法論を無視しがちです。もちろん、実力は重要です。実力が伴っていなければ、方法論以前に勝負に勝つことはできません。しかし、実力均衡同士の勝負という場面では、方法論の有無で勝負が決する場合が多くあります。そう、餃子をはしでつかむのではなく、皿から流し込むという「方法」が勝負を決する場合だって。
そして僕は浪人時代に、受験という勝負には方法論が思った以上に重要であることに気づきました。とりあえず列挙してみるだけでも、思考回路の方法論、時間配分の方法論、解答用紙の使い方(解くに東大2次のような場合)、計算用紙(計算スペース)の使い方、緊急時の対応の仕方、などなど。これらの事を単に「気にする」だけでなく、実際に目に見える形で方法論化した受験生がいったいどれだけいたでしょうか。僕は、受験勉強をしているときは常に本番のことを意識していました。なんだかんだいって、受験は結果が全てだからです。浪人時代の1年間は、本番で取るべく思考回路の確立と、その思考回路を作動させるための実力(≒知識)の獲得、この2点の作業をやっていたといっても過言ではありません。
注意しておきますが、だからといって「結果のともなわない努力は無駄だ」などというつもりはまったくありません。むしろその逆です。僕の好きな言葉は「努力は報われず正義は滅びる、それでも努力するのが素晴らしい人生だ(by秋山仁)」という言葉です。この言葉を簡単に説明することは無理ですが、僕なりの解釈は「結果を出そうとする努力」こそが最も重要だという事だと思います。秋山仁は「万事を尽くして天命を待つ」的なニュアンスで言っているのですが、僕的には「万事を尽くす」という言葉の中に「結果を出そうとする」姿勢が加わることが不可欠であると思うのです。つまり、「たとえ受験が失敗しても、ここまで頑張ったんだからいいや」という気持ちが結果が出る前にあるのなら、その場合の努力は本当の努力ではないと思うのです。努力とは不安を消すためのものではなく、むしろ不安を増大するものであるべきなのです。人は不安がなくなれば、前進することを止めてしまうのです。常に結果を意識し、不安を増大させていくことこそ、人を成長させるのだと思うのです。そして、そのために「努力」が不可欠だと思うのです。
話がまた脱線してしましました。元に戻しましょう。受験の場合における方法論で最も重要なのは、当たり前ですが思考回路です。ただし、思考回路と一言で言っても、その言葉から想像するイメージは人によってさまざまでしょう。そこで、わかりやすく説明します。例えば、物理の問題を解くときの思考回路は、力学の問題を見たらまっさきに考えることは「瞬間の問題であるか/2点間の状態の問題であるか」。そこから、またフローチャートみたいな感じで分かれていくのですが、そうやって、受験本番に考えうる事をすべて考えておくってことです。問題をいっぱい解いて「なんとなく」解くのではなく、すべて客観的に思考を動かして解いていくのです。そう、まるで自分で「自分」を操作するかのように。その操作手順は試験を受ける前に完璧に体系化しておくのです。ここまでやって、さらに先ほどいった時間配分などの方法論も完璧にしておけば、これで落ちる(負ける)ことなど考えられるでしょうか。もちろんこういった事以前に完璧な実力が必要です。それがなければ操作マニュアルが存在しても、自分君は自分を操作してくれません。しかし、たとえば東大入試では満点を取ることなど不可能なので、今度は「どの段階で問題を捨てるか?」などといった方法論をつめていけば良いのです。注意したいのは、どんな問題が来ても合格することです。そのためには、穴のない実力をある一定レベルまで高めればいいわけです。そのレベルは志望校のレベルまで合わせればいいだけ。ここまでやって、はじめて「勝負」に挑むのです。勝負に勝つということは、極めて決定的なことです。勝負がはじまる前に、勝つ確率を限りなく100%に近づけていく作業。これが本当の「勝負」だと僕は考えています。
さて、ここまできていよいよ本題に入っていきましょう。はたしてここまでついてきている人(読んでしまっている暇人)がどれだけいるかは疑問ですが。落研の話です。笑いについてです。今まで語ってきたように、僕は方法論を極限まで研究し、確実に勝負に勝ちにいく姿勢をとっています。それは、笑いに関しても変わりません。ご存知のとおり、僕は自分のHP上で「理論による笑い」を展開しています。その理由は、表面的には「笑いのセンスがないと思っている人に笑いの実力をつけること」ですが、実はその真意は「笑いを作り出す思考回路の方法論の確立」です。正確に言えば、「勝てる」笑いを作り出す方法論。つまりよりレベルの高い笑いを作り出す方法論です。もちろん、受験での解答と違い、クリエイティブな作業には答えはありません。それでも、様々な場面で笑いは相対化されています。たとえば、「爆笑オンエアバトル」では何キロバトル獲得したかですべてが決まります。相対化され得るということは、(変動的であったとしても)ある尺度が存在するということです。尺度が存在するならば、方法論を確立することは理論上は可能なはずです。わかりやすく言えば、笑いAと笑いBがあったとき、その尺度によって「笑いA>笑いB」と評価されたとする。ならば、その原因を分析すれば、「より良い笑い」を作るヒントになるということです。
まだ方法論が未熟であるために、大袈裟なことは言えないのですが、僕の場合「調子が悪いからネタが出ない」「自分はセンスがないから無理だ」などという言葉は無意味です。自分が何かを考えているという状態は、(完璧にではありませんが)分析可能なことです。つまり、自分を客観化するということです。「自分が今何を考えているのか?」「自分は今何を感じているのか?」これらをできるだけ自分自身で把握していく。把握する≒言語化する、です。言語と言っても、いわゆる「言葉」だけでなく、「数学は物理学を語る言語」などという言い方をするように、いろいろなものがあります。思えば「学問」とは未知のものを明らかにしていく過程でした。そこで今、一番未知なるものは何かと考えれば「自分」、もっと言えば「考えている自分」ではないでしょうか。学問が時に快感であるのは、そうゆう自分が客観化される瞬間であると思います。自分を客観化するという作業は楽ではありません。しかし、それがもたらす幸福は、極めて本質的幸福であるということを僕は信じています。
ふう~。長さを意識せずに書いてみたらどうなるのかやってみたけど、こんなに長くなってしまうとは…。おかげで「松浦亜弥のオールナイトニッポンスーパー」がBGMと化してしまった!もしかして、読んでくれた人がいるかもしれないので言っておきます。ここまで読んでくれてありがとうございました。

4日(金)学生さん
世間では今日から平日のようです。区役所に行って、国民年金の免除申請をしてきました。大学生はよくやるらしいです。しかし、20歳以上で、社会人でもなく大学生でもない人はいったいどうするのでしょうか?たとえば、バイトで食いつないで、夢を追い続けている人などはどうするのでしょうか?疑問です。こうゆう事があると、この社会における身分というものの重要性を改めて実感します。大学にはまったく行かず遊びほうけている人が「大学生」と名乗り、家で毎日勉強している自宅浪人生が「無職」と名乗らなければいけないこの実情。いったい、どっちのほうが「学生」なのか、と。大学生と名乗っている時点で、それ相応の責任を背負っているということを、忘れてはいけませんね。

5日(土)ミスタークリス
こち亀128巻を買いました。毎回のことですが、本棚に128冊目を入れる瞬間は感動ものです。今日はジャンプコミックスの発売日であったと同時に、月刊少年ジャンプの発売日でもありました。普段は月ジャンなんて買わないのですが、今月号は「ミスタークリス」が載るのでチェックしてました。
この日記を見ている人で、「ミスタークリス」(以下「クリス」)を知っている人はまずいないでしょう。「ミスタークリス」とは、こち亀の作者、秋本治先生の作品です。「クリス」の簡単なあらすじを。クリス(男)は国家特別工作機関の工作員。一度は殉職したが、優秀だったので死なせるのはもったいないと、クリスの脳は女の体に移植された(やむを得ず)。その結果、見かけは女だが心は男、の最強工作員が誕生した。という感じです。だからタイトルが「ミスタークリス」。
「クリス」の面白いところは、シリアスな場面でも常にギャグが織り込まれているところです。だいたい、主人公がスパイであるところからして、どう転んでもシリアスになりそうなものですが、そこにうまく溶け込むようにギャグを入れられるのは、さすがとしか言いようがありません。特に、こち亀同様「お約束」のギャグが多いのが特徴です。
「クリス」は、こち亀にはあまりないシリアスな展開が楽しめるので、いつも楽しみにしている作品です。今年は、月ジャンでシリーズ連載も決定しました。これで、今年はいい年になりそうって予感できるかな。

6日(日)ロッテリア
急にファーストフードが食べたくなったので、ロッテリアに行きました。マックと迷ったんですが、マックは明日からいろいろ新発売になるという風の噂を聞いていたので、それで今日行くとなると、それは、24時間テレビの前日に徹夜してしまうのと同様に悲しい気持ちになると思って避けました。
これは全国的にそうなのか知りませんが、ロッテリアに行くと必ずといっていいほど体験する事があります。それは、こっちが少しでも迷っていると、店員がすかさず「~セットはいかがでしょうか?」などとすすめてくることです。迷っているといっても、時間にして1.5秒ほどです。つまり、メニューを見る→「~セットはいかがですか」と言われる、の間は時間的にほぼ連続的になっていると言っても過言ではありません。あともう少し頑張れば、微分可能になりそうな勢いです。それほど早いんです。
だから、気の弱い人などは、おすすめの品が自分の食べたいと思っていたものでないとしても注文してしまったりするでしょう。逆に、すすめられたものをそのまま注文すると、食に対するこだわりがまったくない人だと思われて嫌なので、わざと別のものを注文してしまう人もいます。僕は典型的な後者です。いや、気はかなり弱いほうなんですが。床屋に行って髪を洗ってもらうときも、めっちゃかゆいところがあっても、「かゆいところないですか」→「ありません」と即答してしまう人間です。でも、おすすめの品をそのまま承諾するにのは、ものすごく抵抗を感じるんです。
今日は割引セールをやっている「チキンかつバーガーセット」をすすめられました。セットの中では唯一の500円以下。しかも、味もまあまあ良さそうです。てゆうか、僕はこれを注文するつもりでした。しかし、僕は気がつくと「えびバーガーセット」を注文していました。心が見透かされたようで悔しかったんです。自分のあやまちに気づくのは、わりとすぐでした。今日食べたえびバーガーは今までで一番美味しかったです。

7日(月)プチ新年会
ハツワライライブの準備のため、久しぶりに学校に行きました。池山君、もりたく、辻斬り2人も来てくれましたが、作業は思った以上に手間取り、妥協に妥協を重ねたにもかかわらず、全部は終わりませんでした。夜になり、もりたくがバイトのため帰った後、突然佐野さんがやって来ました。そして何故かプチ新年会をやることに。周囲はとまどいの様子を隠せぬまま、いきなり日本酒のようなものを渡され、何に乾杯するのかもわからず、とりあえず乾杯することに。しかし、もう夜なので部室も閉まる時間。あまりの「プチ」ぶりに煮え切らなさが残る一同は、学校近くの江本邸へ。ゲームなどして普通に盛り上がり、プチ新年会は幕を閉じたのでした。

8日(火)余裕がない
昨日からすでにそうだったのですが、冬休み中に出ていたレポート課題をまったくやっていなかった(別の科目の勉強をしてました)ため、ものすごく危機的な状態になってしまいました。レポートが間に合わない事なんて、大学生にとっては、マクドナルドの「今だけ」くらいの日常茶飯事なのですが、いろいろな要因が重なってしまったためか、とにかく気持ちに余裕ができなくなってしまいました。結果、前々から楽しみにしていた、本郷での脳科学の講演会を切ってまでして実験のレポートをやり、ハツワライの準備を終わらせた後は、家に帰るなり、無駄に焦って、ネタ書きや計プロや実験の予習を夜遅くまでやるという状態。もはや笑顔を作る余裕すらありません。これがのちのち悪い方向へとつながることになるのですが…。

9日(水)とある日の僕
起きたら昼でした。この時点で「実験の欠席」「実験レポートの未提出」が決定となりました。うちの大学の理系の人は、これがどのくらいの痛手であるかは知っているでしょう。といっても、たとえば試験期間中に「徹夜で勉強した結果、寝坊してテスト受けれず」なんてことは、気軽に笑いの取れるネタにされてしまう程、よくあることです。そんな事でいちいち落ち込んでいたら、この先やっていけません。
しかし、そうでなくてもやばい精神状態であったため、相当ヘコんでしまいました。思えば、ここ数日、自分の欠点ばかりを気にしていました。何事も悪いほうへ、悪いほうへと考えがえてしまいちでした。できることなら人と接触したくないと思い、できることなら何の感動もなく何も考えずにすむ世界に住みたいと思いました。
原因などはあってないようなものです。思うに、幸福・不幸の原因に、事の重大さは問題ではありません。要は気持ちのあり様です。世界が明るいか暗いかは、すべて自分の気持ち次第です。たとえ、空が晴れ渡っていても、心が闇におおわれるときもあるのです。
実験できずに実験室を後にして、ようやく自分を客観的に見る余裕が生まれました。そして改めて、何が正しく何が正しくないのかは、すべて自分で決定しようと思いました。実験室を出たその足で、情報棟へ向かい、計プロのレポートをやりました。無我夢中でした。もちろん、まったくわかりませんでした。でもあきらめず、できるところまではやりました。ユルぎないユルさにはほど遠い自分を見て、思わず失笑してしまいました。

10日(木)麹町2
また寝過ごして麹町に行ってしまいました。麹町はホームが分かれている駅なので、階段を上がって、反対側のホームまで行かなくてはいけません。下車したのにもかかわらず、改札口を出ずに反対側のホームへ行く姿はとても滑稽です。しかし、珍しく早めに家を出たので、授業には間に合いました。

11日(金)ハツワライライブ
ハツワライライブ、無事に終了しました。ご来場くださったお客様ありがとうございました。演者、スタッフの皆さん、お疲れさまでした。新執行部の初仕事ということで、至らぬ点も多くありましたが、反省点は次に生かしていきたいと思うので、これからもよろしくお願いします。

12日(土)そして試験期間へ
ハツワライライブも終わり、しばらくは勉強中心の生活が続きそうです。といっても、試験期間に入るまでは7PHもやっていきますが。いろんな意味でつらい時期に突入しそうな感じです。今はまだ、あまり実感を持てていないのですが…。

13日(日)飲みもの
昼飯がロッテリアで、飲みものがコーラだったからかもしれませんが(ちなみに食べたのはチキンかつバーガー。以前食べ逃したやつ)、バイトから帰ってきて、夜にコーラが飲みたくなりました。しかし、家の冷蔵庫にコーラがあるなんて都合のいい事はありません。家の冷蔵庫にはたいてい冷たい麦茶なんかがあるのが普通で、常時炭酸飲料がある家など珍しいでしょう。
思うに、炭酸飲料でも何でもそうですが、飲みたいものって飲みたい時に限ってないような気がします。まあ、外だったら飲みたい時に買えばすむんでしょうが、家の中で、しかも夜だと、外に買いにいくのもうっとおしいし、別にそこまでして飲みたいわけじゃないし、でも飲みたい、そうゆう時に限って家には飲みたいものがないのです。そう思って、特に飲みたいと思わないときでも、飲みたいと思うときのために、家の冷蔵庫に飲みものを準備しておきます。しかし、準備されている間は何故か「飲みたい」と思うことはなく、なくなった時に限って「飲みたい」と思うときが来るのです。詳しくは知りませんが、心理学的には、おそらく、あるから欲しいとは思わないんでしょうね。英語のwantが、動詞で「欲しい」、名詞で「欠乏」という意味であるのも納得いく気がします。
それと、飲みものてその時その時で飲みたいものが具体的に特定できる気がします。冒頭でコーラが飲みたいと書きましたが、僕はジンジャーエールでもなく、CCレモンでもなく、コーラが飲みたかったのです。食べ物でそんなことはないでしょう。ファミレスに行って割安の「おすすめランチ」を発見すると、8割の人間がそれを頼んでしまうほど(実話)、人が食べたい物なんてそんなに明確には決まっていない気がします。しかし、飲みものは違います。同じお茶でも、「まろ茶」が飲みたい時、「旨茶」が飲みたい時、「飲茶楼」が飲みたい時、は明確に区別され得るのです。
じゃあ、そんなに区別される原因は何かと考えてみると、経験上から「条件反射」のような気がします。先日の飲み会のあとで、僕は「まろ茶」を飲みたいと思って飲んでいたのですが、よく考えたら飲み会のあとはいつも「まろ茶」を飲んでいた事に気づきました。飲み会の帰りともなると、終電近くで、駅のキオスクもやっておらず、飲み物を得る手段は自動販売機くらいしかありません。ドリンク業界のシェア通り、自動販売機にもコカコーラ社のものが多く、そうなるとそこで得るお茶は「まろ茶」ということになるのです。そんな経験が積み重なれ、僕の体はいつの間にか、「飲み会のあと→まろ茶」という条件反射をするようになってしまったという推測です。
この推測が正しいのならば、人が飲み物を選ぶ基準は、その味ではなく、あくまで条件反射ということになります。もちろん、大前提として美味しくなければ問題外ですが、お茶などはどれも似たり寄ったりです。だから、条件反射は重要になってきます。そこで、この「緑茶戦争」を勝ち抜くべく、こんな戦略を考えてみました。それは、商品をやたらめったら売るのではなく、例えば「そば屋の近くにだけ置く」などの工夫をすることです。こうすることによって、そばを食べ終わった後にそのお茶を飲む、という経験をした人間は、条件反射により、そばを食べ終わったあとは常にそのお茶が欲しくなるのです。だから、そばがある場所には確実にそのお茶を売るようにしていけば、確実に売上を伸ばすことができるのです。
なんだか、話が変な方向に行ってしまいましたが、こうゆうこと考えるのはけっこう好きです。もちろん、考えるだけで終わることが大前提なんですけどね。

14日(月)成人の日を祝う会
成人式に行ってきました。といっても、僕は中学から私立だったうえに高校のときに引越ししたので、知り合いに会うことは期待できません。まあ、ありきたりな話を聞いて何かを考えるきっかけにでもなればなあ、くらいの気持ちでした。しかし、会場は予想以上の騒々しさで、その上話もつまらないときたものですから、物思いにふけるような状況ではありませんでした。でも、そんな騒々しい同年代の連中を見て、怒りという感情などはあまりありませんでした。むしろ、ちょっとうらやましかったくらい。本当は、子供みたいにはしゃぎたい。でも、そんなことをする勇気がない。そんな自分がいました。大人になるってことがどうゆう事かはまだ分かりませんが、少なくとも、成人式で暴れる新成人を見て(もちろん、暴れるといっても限度というものがあります)、「知性のない人間などほおっておこう」的な感情が、まっさきに芽生えるような人間にはなりたくないと思いました。

15日(火)図書館
駒場の図書館は夜9時までやっています。僕は一度も9時まで残っていたことはありません。今日は9時までやろうと思ったのですが、あまりの空腹に退散してしまいました。夕飯を大学で食べても良いのですが、金もかかるし、質も低いし、ごはんは皿に盛りつけられるし、いいことはありません。やっぱり、夕飯は家で食べるに限ります。あと、帰るのが遅くなりすぎると、家にいる時間が少なくなって、無駄に忙しく感じてしまうのであまりよろしくありません。えっと、図書館の話はあまりなかったですね。

16日(水)固有値を求めろよ!対角化しちゃえよ!…
数学Ⅱ演習のテストがありました。この授業は2回くらいしか出てません。てゆうか、数学の授業は基本的に出ていません。出てもさっぱり理解できないので。じゃあ、自分で勉強して理解できるのかって話ですが。少なくとも、無理はしないので、確実に進むことができるという点で、自分で勉強したほうが効率いいような気がします。数学演習は分類的には総合科目(選択科目)なので、無理に頑張って点数を取る必要はありません。数学Ⅱの予行練習のつもりで受けました。夏学期よりかは、よくできたと思います。
さて、水曜日の授業は今日で最後です。実験も今日が最後でした。いつもは2人でやるのですが、今日は4人でやる実験でした。しかし、4人もいるから早く終わると思いきや、労力を使わずにすむところで労力を使ってしまい、無駄に悪戦苦闘。時間が進むにつれ、だんだんと焦ってきます。しかし、焦ったら負けです。「共洗い」に飽き飽きしつつ、最後にかろうじて許容範囲内のデータが得られたときには涙が出そうでした。ほんとは、こんなに苦しんだり感動したりしなくても、あっさり終わる実験なのですが…。

17日(木)変分法を使えよ!球面調和関数から軌道を求めろよ!…
構造化学の小テストがありました。前回に比べればけっこうちゃんとやったので、そこそこ自信はあったのですが、完全にヤマをはずしてしまい、完敗でした。どう考えても0点って状態です。「崖っぷち」っていうか、もう崖から落ちかけています。どんな問題が来ても、それなりに解けるレベルまで持っていく必要があると思いました。

18日(金)午後
センター試験前日のため、大学は午後は休講です。で、大学に着いたのは午後でした。午後が休講なのに、午後から登校って…。例えるなら、夜にプラネタリウムを見るようなもんです。授業もないのに大学に来たのは落研の集まりがあったからです。今日は、「ギャグ大学」の打ち合わせをしたり、7PHのタイトルを決めたりしました。

19日(土)ナースマン
バイトに行ってきました。今日の仕事内容はお察しの通り、センター試験の問題を解くことです。といっても、数学だけですが。今年は、ⅡBが若干難しいという印象が。複素数の問題は(1)より(2)のほうが簡単なので、注意が必要だったかも。受験生の皆さんは明日も頑張って欲しいです。
今日は予備校も人が全然いなくて、いつもより早めに仕事が終わりました。そのため、録画を予約していた「ナースマン」も放送時間に見れることに。いや、別に、安倍なつみが出てるからってわけじゃないですよ。もちろん、小泉孝太郎が目当てってわけでもありません。ただ単に、連ドラひとつくらいは確保しておきたいなあと思って。連ドラを見る習慣ができると、その曜日がなんとなく楽しみになるじゃないですか。土曜日というと、オンエアバトルくらいしか楽しみがなかったので。
さて「ナースマン」の内容ですが、男がナースをやるという設定以外はベタな病院ドラマです。おっちょこちょいな主人公、優等生的なまわりの人間、やたらと厳しい主任、なにかと謎の病人、…どれも病院ドラマには欠かせない存在です。そんな特徴のないドラマですが、安倍なつみの存在感は際立っていました。さすがです。しかし、まあベタということは長年評価を得ているということですから悪くはないですし、これからに期待って感じです。

20日(日)実験のレポート
化学実験のレポートをだらだらやっていました。この前、寝坊して出し損ねたりしなければ書く必要なかったのに!しかし、今回提出すればそのミスも帳消しになることを考えれば、ある意味助かったというべきかも。それにしても、実験のレポートは手書きで書かなければいけないので、いろんな意味で大変です。自分は変なところで几帳面な性格なので、最初のほうで誤字脱字があると、すぐに書き直してしまうのです。困るのが、中途半端なところで失敗してしまったときです。書いた分量、失敗の度合い、いろいろな要因から「書き直すべきか、書き続けるべきか」という問題への解答を探っていくわけです。ある意味、レポートの問題を解くより大変な作業です。「いったい俺はどうすればいいんだああ」て路頭に迷うこともあります。人生に迷いはつきものです。だからこそ、人生って素晴らしいのかもしれません。

21日(月)どうも、すみません
ちゃんと授業に出て、図書館で英Ⅰの勉強をして、帰宅して体育のレポートと英Ⅱの課題(ライティング)を。結局、終わったのは午前3時頃。いや、僕は頑張ったらそれだけ人に言いたい人間なんです。どうも、すいません。

22日(火)学び放題
火曜日の授業は今日が最後でした。あいかわらず、英Ⅰや実験のレポートに追われています。そんな中、「稲妻ロンドンハーツ」を見てちょっと休憩。「スティンガー」を見て、今後一生使わないであろうテクニックを学びました。

23日(水)のど痛い
風邪をひいてしまいました。とりあえず、実験のレポートは出さないといけないので大学に向かいました。しかし!2度あることは3度あるということで、またまた寝過ごして麹町に!出口案内に書いてある「日本テレビ」という文字を見て、自分の過ちの大きさに気づきました。しかし、その数分後!今度は井の頭線で寝過ごして、池の上に!いったい、これはどうゆうことでしょう。まあ、それほど疲れていたってことです。明日の試験に備えるという意味でも、休息が必要であると感じ、レポートを提出してすぐに帰宅しました。

24日(木)大失敗
やってしまいました。英Ⅰの試験。時間配分に失敗して、全部終わりませんでした。はっきりいって、こんな大失敗したのは高校時代までさかのぼっても記憶に乏しいです。あれだけ「方法論」を強調しておきながら、こんなイージーミスをするとは…。まるで、射撃ゲームで失敗するトレインのようです。
まあ、終わったことは終わったことです。今後ひかえている試験では、方法論面でのミスは絶対に避けていきたいと思います。2度の失敗は許されません。やっぱり、池の上に行ってはいけないのです。

25日(金)落研
普通に部会がありました。「ギャグ大学」の作戦会議などを。思えば、金曜の夜に部会をやるってのも久しぶりな感じがします。先週は昼間からだったし、その前はハツワライライブ。考えてみれば、今年はいって最初ですね。「やぶ久」に食べにいくなんて、ものすごく久しぶりに感じてしまうのも無理はありません。
実は最近、落研トークにちょっと飽き飽きしていたのですが、久しぶりに「やぶ久」で落研トークで盛り上がったりしていると、まるで意味のないバカな話をしたり、世のエンターテインメントについて無駄に批評してみたりするのも、たまには悪くないなあと思いました。この日記を振り返ると、自分もけっこうそうゆう色出してたりするのですが…。

26日(土)立看板
ギャグ大学のネタ見せは中止になってしまったので、その後やるはずだった7pHの立看板作りをやることに。しかし、ネタ見せがないことを知って余裕で寝ていた僕は、集合時間が11時であることを知った時刻が、起きた時刻である11時。時をかける少女じゃなければ間に合うはずもなく、大幅に遅刻してしまいました。迷惑をかけてすいませんでした。それにしても、今回の立看板はなかなかの出来具合!これで、少しでも多くの人が7pHを意識してくれれば良いですね。

27日(日)Mの黙示録
バイトでした。帰ってきてから、昨日寝てしまったので見れなかったオンエアバトルを見たり、こち亀(アニメ)を見たり、ドイツ語の勉強をしたり。あと深夜に、音楽の評論なんか全然興味ないのに、「Mの黙示録」を見たり。見てしまう自分がくやしいです。

28日(月)うれしいときー
先週の水曜日、風邪で帰宅して休んだと思ってたドイツ語の授業が、実は休講であったことを知りました。まるで、並んで買おうとしていたものが前の人で売り切れてしまって「俺ってつくづく運悪いなあ」と思っていた矢先、店の人が「あ、まだ1個残ってた」と言ったときのようです。

29日(火)マックからエンターテイメントの真髄を考える(某先輩のHP風タイトル)
ひさしぶりにマックに行きました。そして「メンチマック」という新商品を試すことに。なかなかですね。まあ、王道といえば王道ですが。メンチカツをパンにはさむという発想自体は、昨晩残ったメンチカツを次の日の朝食で出すときにたいていの人が考えることですから、もともと美味しくて当然といえば当然です。
思えば、マックに行ってまだ食べたことのない商品(=期間限定商品)があると、まず間違いなくそれを注文してしまいます。それは、けっして僕だけではないはずです。なぜなら今日のように期間限定商品が発売される時には、店のほうでもその商品を重点的に大量に作るなどの対応を見せているからです。
マックが「今だけ」と年中言い続けていることは、ちょっとしたあるあるネタにされてしまうほど、僕達にはなじみの深い事実です。このように、「いつでも特別な時」という、一種言語的に矛盾した時を作り出すことは、食品業界に限らず、エンターテイメント(=娯楽ではない)の基本です。
最近、春に終了することで話題になっている「ASAYAN」という番組は、その手法を最大限に活用している番組のひとつです。今でこそあまり見ていませんが、昔は毎週欠かさず見ていました。あまりはっきり覚えていないのですが、見ていたのは、今のオーディション主体形式の番組になってすぐの頃から始まって、最後はプッチモニができる頃くらいでしょうか。そのへんから記憶があまりないので、たぶんそうだと思います。
ASAYANのすごい所は、毎週毎週、かならず「衝撃発表。(マルと読もう)」があったことです。しかも、それが単なる演出上の大袈裟な語彙というわけではなく(そうゆう部分もあるが)、本当に衝撃的な発表をしてくるので、視聴者としては一週足りとも見逃せない日々が続いたのです。どのような衝撃発表が続いたかというと、有名なものでは「モーニング娘。増員」とか、「超大物プロデューサー」がやっぱり小室哲哉だったりとか、「太陽とシスコムーン」がいきなり名前を変えたりとか、いろいろでした。今思えば、名前が変わることなんてどうでもいいことなんですけど、当時の自分はそうゆう「変化」にものすごく引きつけられていました。
ASAYANでは、だいたい2、3の大型企画が同時進行していて、毎週どれかひとつくらいは衝撃発表がありました。あとの2つくらいは、誰かが泣いたりとかそんなゆるい感じでおさえてました。企画を発動させたらあとはドキュメント、素人の自然体のドラマを見せる、といったような顔をしていますが、実は番組をものすごく緻密に作っているのです。
このように、常に人をひきつけておくには、自然と「変化」を起こしておく必要があります。もちろん、本当に自然な状態にしておけば、変化は起こるはずもないですし、かといって、過剰な演出をやってしまうと、わざとらしい「変化」に、人はがっかりしてしまいます。本当の演出とは、自然体で無理に変化を起こしていくという、矛盾した行為を言うのかもしれません。
ちょっと前にトゥナイト2に「ガチンコ!ラーメン道」で有名な佐野氏が出ていて、こんな事を言っていました。「スープの味は毎日少しづつ進化し続けている。しかし、それは客に気づかれてはいけない。」と。その店のラーメンの味を求めて客はやってくるのですから、急にスープの味を変えるわけにはいきません。かといって、ずっと同じ味を維持していく(それも大変な事らしいです)だけでは、客も作り手も満足できません。
これはまさに、今まで述べてきた「自然体で無理な変化を起こす」行為と一致するのではないでしょうか。つまり、常に客の一歩前を歩んでいなければならないということです。客が期待するものを作るのではなく、客に期待させるようなものを作っていく。大袈裟に言えば、客を自由自在にあやつっていくのです。そして、その姿勢を絶対に客に悟らせてしまってはいけない。自分の手の上で躍らせるのです。誰かの手の上で踊っていると気づかないからこそ、マックの新商品を食べ続けたり、ASAYANを毎週欠かさず見たり、松浦亜弥のCMを録画しようと試みたりしてしまうのです。どれも、よく考えてみればおかしいと気づくことです
このようにエンターテイメントとは、常に人の期待に応えると同時に裏切っていかなければいけないという、逆説的な意味を含んでいます。「お笑い」もその例外ではありません。お笑いライブを見に来る客の中には、いろいろなお笑い番組やビデオを総なめにしているであろう「お笑い評論家」が多くいます。おそらく、そうゆう人達に気づかれない程の高みからネタを作っていかないと、本当の意味で人を笑わせることにはならないんだろうなあって思います。ネタの感想に、「あるあるネタが面白かった」なんて書かれたらおしまいということです。それは、相手が面白いと承知している手法をこっちが使っているから笑っているだけであって、ずっと述べてきている「裏切り」のほうの作業が全く含まれていないからです。
もっとも、そんな事ができる人というのは、ラーメン界の頂点に立つ佐野氏のように、各界の頂点の人間だけなのかもしれません。そうゆう、けして人には理解できないレベルから作品を作り出す人達がいるからこそ、僕達はまだまだ人のやっていることに夢中になれるのかもしれません。

30日(水)冒険島
試験前なのでとっても保守的な生活をしています。生協食堂で、迷ったあげくに「エコノミーランチ」を食べてしまうほど。でもちょっとだけ冒険して、ドレッシングを中華風味にしてみたら(いつもはオーロラソース)、やっぱり辛かったです。それ以上に冒険したのが、帰りにミニモニ。の新曲を借りていったことです。

31日(木)一様収束
自分で言うのも何ですがけっこう勉強しています。まあ、それくらい切羽詰っているということなんですが…。今日は、授業に全然出ていなかった数学Ⅰ(解析学)の勉強を急いでやりました。なんとか「一様収束」まではひと通り目を通しました。まあ、この感じでは「いちおう」無難な成績に「収束」すると思われます。…なんか、真面目キャラの数学教師が一晩中考えて用意したネタ、みたいな感じになっちゃいましたね。

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