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セルフ日記2002年7月

1日(月)7月です。
あっという間に7月ですね。そういえば、そろそろ試験日程も分かってきたんですが、なぜか今年も試験終了予定日は7月31日です。ドイツ語の試験がその日なんです。最後の最後が一番重要な試験という。今から波乱の様相を呈しています。しかし、試験期間は考えようによっては意外と精神的に楽だったり。授業もないし、サークルもないし、自分のペースで毎日が送れるので。非常に僕向きと言えます。
今日は駒場祭の会議がありました。11月下旬の学祭のために今から準備は始まります。もし自分が委員会の人間だったら気が狂いそうです。落研の仕事でさえ発狂しそうになることがあるってのに…(すいません、大袈裟です)。しかし、委員会のみなさんはプレッシャーにも負けずにやっている様子です。たった1回の会議のために作ってくる資料の量も半端ではなにのに。それでも、実に楽しそうにやってるんですね。いや、むしろ「楽しい」と自分にいい聞かせているのかも。
こんなの当たり前の事だけど、それができない時もあるものです。僕はまだ大学生なのでよく分かりませんが、おそらく社会に出ると、仕事の価値はその結果で全てが決まるのでしょう。そのため、サークルの業務などでも、中途半端な責任感からか結果ばかりを重視して、自らにプレッシャーを課してしまうことが多くなってしまうのです。別にそれが悪いってわけじゃないけど、まず楽しくはないですね。プロ意識がものすごく高くてとにかく仕事がめちゃくちゃできる人と、仕事の能力はそこまで高くないけどものすごく楽しそうに仕事をしている人、どっちがいいかは分からないけど、少なくとも今は後者でいることが許される時なのかもしれないです。

2日(火)一瞬の「弱さ」
今日は教職の試験がありました。「生活指導論(道徳)」の試験です。教官は「教師の報告書を読んでおいて下さい」って言ってたので、試験対策としては、とりあえず報告書を要約して、あとは授業で扱った内容をてきとーにまとめておく程度でした。そしたら、試験問題は、前半が穴埋め問題みたいなやつで、後半が教師の報告書の要約。対策ハマリすぎという。でも、対策の中身が中途半端であったらしく意外と苦戦しました。まあ単位は大丈夫でしょう。結局、この試験で高得点を取ることと、教師(人に道徳を教える者)としての素養があるか、は何の関係もないことは明白でした。まあ試験は暗記勝負だったんですけど、授業中の討論会はまあまあ良かったと思います。
しかし頭の中は教職の試験よりも、今日テレビ初公開のシャッフルのことでいっぱいという状態。…と、その前に、昨日フジテレビで放映された、あややの初コンサートツアーのドキュメント番組の感想などを。これが、まさに昨日書いたような事と一致していました。松浦亜弥は楽しんで仕事ができる天才です。ほんと、世の東大生も見習ったほうがいいと思います。あややはとにかく楽しむ、楽しむ、と自分に言い聞かせて、その一方で会場全体を把握して、それに最も適したパフォーマンスを考えているのです。すごすぎます。後者はできるけど、前者ができない人はたくさんいるんじゃないでしょうか。本番5分前にビデオで自分を撮影する気になんてなりますか?もちろん、ドキュメントとはいえ人前に出る彼女は言わば「商品」です。しかし、その姿に勇気づけられることもあるのです。ただかわいい、ただ歌がうまい、ただ関西弁もしゃべれるだけだったら、ここまでのカリスマ性は出せません。このへんがピンで成立する必要条件みたいなもんでしょうか。加護亜依などは一見似てそうで、まだこの域には達してないような気がします。ごくたまに「弱さ」を見せることがあるのです。しかし、加護の場合はそうゆう、たまに見せる一瞬の「弱さ」に最も引かれるのですが。
ちょっと脱線しますけど、僕は、人間の最も魅力的な部分というのは、めちゃくちゃ頑張っている中で一瞬だけ見える「弱さ」、にあると思っています。最初から弱かったらダメです。それは単なるナマケモノです。かといって、何から何まで完璧な人間は、確かにパフォーマーなんですが人間味がないというか、平凡な人間である自分と共感できる所がない気がするんです。この代表格はもちろん、前述の松浦亜弥ですけど。いや、別に芸能人とかじゃなくて、人間関係とかでもそうだと思うんです。たとえばものすごく人づきあいがうまくて、何をやっても完璧だし、しゃべりもうまいし、そうゆう友達がいたとして、その友達と本当に仲良くなれるかってことです。たぶん、話してもすごく話も合うんでしょう、コンビネーションもうまくいくかもしれません。でも、それはなんとなくむなしいような気がします。別にお互いが気の合う必要なんかなくって、それよりもお互いを認めるというか、その方が大事のような気がします。たぶん、認めるということは自分の弱さを見せることです。人間、自分の弱い部分は絶対に人に見られたくないものです。たぶん、それを見せる(無意識的にしろ)ということは、その人を認めたという証であると思うのです。ちなみにこれを恋愛に発展させるとM田さんのようになりそうなので止めておきます。1回断ってからOKして欲しいとか、柱の影から声をかけられたい、とか僕はそんな事思わないので。
話を戻しますが、特にうちの大学には、この弱さを見せたがらない人間が多いような気がします。偏見かもしれませんが。おそらく多くの人はエリート意識を持っていて、自分は能力の高い人間だと、または自分が能力の高い人間であるべきだと思っています。別にそれはいいんですけど、そのせいか、過度の自意識からか自分の弱い部分は絶対に見せないような傾向が強いような気がします。
そんな中、落研には人間くさい人が山ほどいるのは、喜ばしいことです。これは、お笑いというものは「舞台上で恥をかく行為」であるからでしょう(最近読んだ本に書いてあったのでさっそく使ってみます)。東大生でお笑いをやるなんてゆうことは一種、矛盾した試みでもあるのです。それでも油断していると、ついつい自分の弱さを見せないようなネタをやってしまいます(あくまで自分の場合はですが)。たぶん、そんな事をやっても、笑いが取れるのは東大生の客だけでしょう。プライドを捨ててバカになりきるのは大変なことです。今の時代がどうかは知らないけど、笑いというのは舞台上の人間が客よりも下にならないと発生しないようです(これも本に書いてあった)。ちなみに僕はそうとも言い切れないと思ってるんですけど。だって、演劇の笑いなどは、舞台上のパフォーマンスに圧倒されて笑うことだってある気がするし。まあ、そのへんは要研究ってことで。
さて、ここまで書いてきてシャッフルの事にまったく触れていない事に気づきました。まあいいや、また次の機会ってことで。とりあえず初見の感想。やっぱりセクシー8がダントツかな。逆に言うとあとの2つはちょっと…。ハッピー7は楽曲を聞いた時点では良いと思ってただけにちょっと残念。これから振り付けを覚えていけば、また見方が変わるかもしれないけど。とりあえず、ついに明日発売!

3日(水)ちょっとした幸せ
時間的に余裕があるとこんなにも気分が楽なのかと思うと、普段の生活に疑問を覚えてしまいます。時間に追われて強制的に建設的な日々ってのもどうなんだか。何事にも積極的に活動する事が即ち良い事、というわけでは必ずしもないわけですし。別にバイトもサークルもしないで、それで満足してるんだったらいいんじゃないか、というか。「忙しいけど充実してます」みたいなのが理想とは限らない、というか。
今日は基礎実験の最後の日でした。昨年の10月、ナナペーの準備期間でホールに泊まっている時にスタートした実験もこれでようやく終わりです。ここまで来るとさすがに慣れてきてしまって(悪い意味でも)、予習も30分もあれば余裕で終わってしまいます。ちなみに強者ぞろいの理一生の中には、教官がみんなのノートにハンコを押している間の5分ほどで終わらす人もいます。今日は例の暗室で豆電球片手に光電流を測定する実験でした。噂には聞いてたけど、かなりあやしい場所です。外見は稲妻ロンドンハーツの「モトカレ相談室」みたいな感じです。
そんな感じで今日も特にネタになることもなく終わっていきます。帰りにはシャッフル3枚を借りて帰宅。たとえ変化のない毎日でも、ちょっとした幸せがあることに喜びを感じます。3枚分のレンタル料金わずか450円の「幸せ」ですが。

4日(木)行動パターン
けっこう頑張って予習したドイツ語が休講になってしまいショックでした。今日はどうせ家に帰っても英1をやらなきゃならないんだろうし、でも家に帰ったら帰ったで、うたばん、エアモニ、ANNS、が気になって勉強できそうになかったので、だったら学校に残って勉強しよう!ということに。実は図書館に9時まで居たのは、駒場2年目にして始めてです(恥ずかしながら)。9時頃に学校出て帰るの嫌いなんですよ。本当は教職がなければ4限終わりで帰りたいくらいで。いや、正確に言うと、5限終わりで「みんな一斉に」帰るのが嫌いなんです。なぜ、みんな(特に理一)教室を出たら駅まで一直線なのか。しかし、僕もそのうちのひとりなので文句は言えないんですが。まわり(特に理一)と時間帯をズラして行動しようとしても、結局、行動パターンが似てしまうのが悲しい現実です。空き時間に情報棟に行くと、クラスの人間とばったり出くわす時の恥ずかしさといったらないです。

5日(金)マニアックな人キボンヌ
図書館の3階の仕切りみたいなやつがなくなった理由って何なんだろう。僕は、どっちかってゆうとあったほうがいいですね。今日も部会があったんですけど、「何もしない」部会って何だかひさしぶりでした。夕食は結局、渋谷に行くことになったので着いていくことに。道中、てゆうか店に入ってからもずっと、一部メンバーと「2ちゃん」トークに華がさくという、まるで華のない空間を作り出していました。いろいろと話し合った結果、「マニアックは面白い」という結論に。しかし面白い反面、失うものも大きいかもしれませんが。

6日(土)そんな生活
ビデオ見るか、音楽聞くか、ネットやるか、英語やるか、しかしてません。極めて効率の良い生活です。今日のCDTVはあれ、うたばんの使いまわし?セットが一緒なだけかなあ。まあ、別にいいですけど。オンバトはほとんど笑えなかったけど、シャカは面白かったです。でも、いつものほうが好きかな。そして、坂道コロンブスは某コントとかぶりすぎで微妙な心境にならざるを得ない状況。

7日(日)ビ~~~ム!
日曜日なのに午前中に起きたのは、もちろん、今日10時発売開始の、あやや秋コン@千葉のチケットをGETするため。発売当日の電話なんてつながらない事は百も承知でしたが、一度は挑戦してみないと諦めがつきません。結果から言ってしまうとやっぱり無理でした。電話も、ネットも、ロッピーも。この日のために万全の準備をしていたために、予想通りとはいえショックでした。東京や横浜なら分かるけど、千葉だよ、千葉。せめて、地元のコンサートには行かせて欲しいです。もちろん、キャパが小さいから売り切れるのも早いってことなんでしょうけど。
さて、27時間テレビでの新曲披露ですが、新曲の感想はさておいて、その後のシャッフルでのヲタのさわぎ方が半端じゃなくて、みのさんはじめみんな引きまくってました。見事に27時間テレビをぶち壊してくれました。だから、ああゆうのは一般公募の席も作って欲しいんですよ。FC会員だけにするからあんな事になるんです。客観的に見てると、本当に悲しくなります。そんな中、ハロプロ夏コンに向けてかけ声を必死で覚える、矛盾した自分の姿がありました。本当のところ、もし自分があの場所にいたら「あいぼ~ん」と叫びたい気持ちも分からないでもないのです。それが現実です。ビ~ム!

8日(月)権利の主体は国民です!
僕はめったな事がない限りムカツクことなんてありません。何故なら「むかついてる」自分を見て不幸な気分になるから。似たような理由で、嫌いな人もほとんどいません。自分が人から嫌われたら嫌だという気持ちが人一倍強いというのもありますが。そんな僕ですが、今日の朝買った自動販売機のお茶が冷たくなかった時は、さすがにキレそうになりました。弱冷房車ならぬ「弱つめた~いお茶」!?
あと、せっかくひとりで授業受けてるのに、目の前(や後ろ)で授業中ずっと話してる人に遭遇した時。友達と一緒に授業受けるな、とは言いませんけど(僕は嫌いですが)、しゃべるのは止めて欲しいです。別に僕は「授業は真面目に受けろ」と主張するほど模範的な学生ではありません。ただ、話してるヤツは見てると純粋にムカツクんです。しかも、会話の内容が面白ければまだ許します。たいていは寒い!だから困る。間違っても、会話に英語とか入れないようにして下さい。「英1の試験?ノープロブレムだよ」、とか。寒いとかそうゆう次元じゃなくて、普通に耳に入るのが不快なので止めて欲しいです。環境を守る権利?よく分かんないけど、それに反しないのかなあ。そんな事を思いながら授業(教職)を聞いていると、民主主義の話で「権利の主体は国民です」なんてことが。理念と現実の違いを実感せざるを得ませんでした。

9日(火)「職業:モーヲタ」という覚悟
大学構内はどこへ行っても、みんな英1をやっているという異様な光景。まるでセンター直前期のようです。最近は、勉強はそこそこやってるつもりなんだけど、やけに時間に余裕があるから不思議です。英1もいちおう読み終わったんだけど。こんなペースでいいのかなあ?って感じ。でも根性主義でやりすぎると自分を見失ってしまうことは、現役時代の受験体験で知ってるので。たぶん、こんな感じでOK。
帰りには、別冊宝島の松浦亜弥特集を買って帰りました。あり得ないくらい恥ずかしかったです。確かめたい人は、本屋で表紙を見れば分かります。しかし、毎度のことながら別冊宝島の内容の濃さには感服です。いったい読むのに何時間かかるのか。しかも表題やエッセイの中には小ネタ満載だし。まさに「ヲタの、ヲタによる、ヲタのための本」。(この場合は「ヲタの」は対象?所有?)。正直、ああゆう文章を書けるようになるのが目標、みたいなところがあります。でも、絶対に足を踏み入れちゃいけない世界だと思います。「ヲタ」を趣味ではなく職業にする覚悟なんて僕にはありません。自分の面白いと思ってることを素直に表現する行為を、エンターテインメントという次元に昇華させることの限界は、この1年間で十分に認識したつもりです。だから、落研のライブでネタをやったり、こうゆう場所で自分の文章を垂れ流すことで、現実逃避をしているのかもしれません。
少々脱線しましたが、ともかくそんな豪華な本、単独で買うのは恥ずかしかったので、一緒に「日経エンタテインメント」も買いました。AVと洋画を一緒に借りるという、例のあるあるネタと同じ行為です。ちなみに今月の特集は「テレビの笑いをつくった100人」。なかなか面白かったので興味ある人は読んでみては?立ち読みでも一瞬で読み終わる内容です。僕はあくまで「セット購入」のために買っただけなので。

10日(水)話すの苦手です。
全然OKじゃなかったようで、英1の過去問やってみたら全然解けません。最近やけに人と話してないなあ、なんて思ったらそれもそのはず、授業は必修も準必修も終わってしまったのでクラスの友達と会う機会もなく、特に用がなければ部室なんて行かないので落研の人と会う機会もなく、バイトは次に行くのが8月になる予定。しかも、僕は基本的に人と時間帯をズラして行動しているので(昼休みに生協前に行くことなんて絶対ない)、東大生の知り合いもろもろとも会う確率は非常に少ないです。確かに楽っちゃ楽なんだけど、これじゃあマズイ。きりり「モニフラ」くらいマズイ。最近、ちょっと電話で話すだけでめちゃめちゃ緊張してしまいます。普通に口ベタになりつつあります。いちおう落研なのに…。

11日(木)英1
英1の試験です。とりあえず、前回の失敗(時間配分のミス)があったから、時間にはめっちゃ気を使いました。あとは、まあ、細かい部分とかは終わったことなので、あれこれ書くのは止めます。そういえば、先週、部会でその質の高さを再実感し合った「TVチャンピョン」を少し見てみましたが、やはりすごかったです。今週は「アイス王」でしたが、流れるプールで流されながら、アイスのふたをなめていました。この時点ですでに訳の分からない設定なのに、加えて、「ふたをなめる時、手を使っちゃいけない」とか、まるで小学生同士の遊びの時に作るようなルールも作ってるし。作り手の意識が見えすぎるのも、逆に面白いという事を実感しました。

12日(金)受験は「98年のトップ10」です。
正直、金曜日の部会がなかったらマジで人と話す機会が皆無です。おかげで、授業中にたまたまとなりに座ってる女の子に話しかけられる(もちろん授業内容に関してだけど)だけでちょっと嬉しい、という悲しい(情けない)状態。
そして、今日も今日とて部会で(イーグルで)下らない話題で大盛り上がり。なんで代ゼミ吉野の暴行事件から始まって、各人の高校時代まで語りださなきゃいけないのか。でも、やっぱり受験て面白いなあ。一般的には、大学生になっても受験の話をするなんてことは否定的に見られがちだし、僕もけして好ましいとは思っていません。でも、面白いんだからしょうがない。「平岡」とか「SEG」とか、その単語だけでどんなあるあるネタよりも面白いのだから、その面白さは測りしれません。
しかし、よく聞く意見ですが、大学生になっても受験の話をする人は「受験が終わって目標を失った」「過去にこだわりすぎ」「お前は代ゼミ信者」などと言われます。でも、実際そんな事までは考えてなくて、むしろそうゆう事を言う人のほうが気にしてるような気がします。当人としては、CDTVの「98年のトップ10」を見てめちゃめちゃ懐かしく思うのと同じくらいなわけで。昔のグローブの映像とか、めちゃめちゃ面白いじゃないですか。マーク・パンサーとか。たぶんハマっていた人ほど、その具合に比例して面白いはず。思うに、懐かしい感情、つまり、一度掘り起こされてからの「共感」は本質的に面白く、受験もその例外ではないと思うんですが、どうなんでしょう。「石川正明」って聞いて爆笑するのは僕だけですか?

13日(土)モーヲタ虎の穴
たぶんネタにされそうだから、あえて自分から言うけど、昨日のマネ虎の次週予告にモーヲタが出ていました。まだ一部始終を見ていないので何とも言えないですが、「第2のモー娘。をつくりたい」という投資金の使い道、ひばりの息子の退室、ショーンコネリーの微妙な表情、を見ればどんな内容が議論されたかは想像に難くないです。しかし、彼のようなモーヲタが一般的なモーヲタの姿である、と思うのは大きな誤解です。少なくとも僕は違います。「羊」や「狼」に入り浸る人達もたぶん違うでしょう。
もちろん、彼のようなヲタはたくさんいるけど、たぶん大部分はもっと違う部分に魅力を感じているはずです。つまり、「娘。はどのアイドルよりもかわいい」とか「つんくは天才だ」とか思っているわけでは決してなく、むしろ、娘。を道具にして楽しんでいる、というか。娘。の良さを一言で言ったら何かという質問に対して有名な言葉があります。それは「おもちゃ箱をひっくり返したような面白さ」。そう、ひっくり返したとはいえ、「おもちゃ箱」なんです。((注)ヘラクレス愛がひっくり返したわけではない)。つまり、単なる遊び道具。別に尊敬しているわけでもなければ熱愛してるわけでもない。ただ面白いだけ。でも、その面白さが半端ではない。いや、面白さの多様性が半端ではない、といったほうが正確かもしれません。その中身を話し出すと、それはまた大変なので止めておきますが、ともかく、こんな感じで、一般的なオタクとはだいぶ異なるのです。
たぶん、もっと歌のうまい歌手はいるし、もっとかわいいアイドルだっています。しかし、ここまで面白い団体?企画?はありません。余談ですが、松浦亜弥に関して言えば、これより上のアイドルはいないかもしれません。そうゆう意味で、娘。とあややは楽しみ方がまったく違うということです。なのにヲタがかぶっているのは、よく考えると不思議です。まあ、それは後の研究課題として置いておきます。ともかく、面白いから好きなんだ、ということ。あくまで「ネタ」なんですよ。虚構の世界。「芸能界」という舞台上で演じられるコントって言ってもいいかもしれない。だから、ジャニファンの女の子が「マツジュンと結婚したい」と言うのとは全く次元が違う話です。…と、こんなバカな事を長々と書けるって事が既に面白いじゃないですか。つまり、そうゆう事です。

14日(日)コンビニが好き HAHAHAHA
ちょっと勉強のんびりやりすぎかも。もう少し焦ったほうがいいかなあ。最近、明らかに睡眠障害の兆候が表れていて、夜になっても全然眠くありません。おかげで昨日の夜もCDTVの「恋人にしたいアーティスト」の結果を見て微妙な心境にならざるを得ない状況(本当に浜崎あゆみを彼女にしたいと思うか??)。でも、朝は遅めとはいえいちおう起きてます。しかも、昼間はそこまで眠いかといったらそうでもない。謎です。単に体動かしてないから、寝れないだけかも。クーラーの効いた部屋に一日中いるので。日光に全然当たってないのも良くないですね。ということで、たまには外に出なきゃマズイと思って、昼飯を買いに3つくらい遠くのコンビニに行ったりするわけです。千葉は3つ遠くのコンビニといったら、けっこう遠いんですよ。しかも、セブンには「セブンナビ」がないしね。不便このうえないです。いや、セブンナビが便利すぎるだけか。でも、あれ声が出るからちょっと恥ずかしいですよね。金を下ろすときもそうだけど。スイカをチャージした後の「領収書の有無を選択してください」のやたらデカイ声もそうだけど。

15日(月)「LOVE IS ALIVE」で財布はDEAD
題名は分かる人には分かります。やはり勉強が間に合わないような気がしてきて不安です。科目数も意外と多いので。多くしておかないと降年するので。今日、2週間前くらいにドンキで買った時計が早くも壊れました。さすが90%オフ。携帯の時計はあるにしろ、常時時計が確認できないとけっこう不安なものです。しかも僕はアナログ表示派なので、携帯のようなデジタル表示はどうも違和感が(設定で変えられるのかな?)。おかげで5限前に駒下でのんびりしてたら、うっかり授業に遅刻しそうになりました。それにしても暑いですね。今までいくら暑くても夏を意識することはありませんでしたが、今週のジャンプのヒカ碁のポスターを見てようやく「夏だなあ」と実感しました。

16日(火)夏学期終講日
台風が来ても別に変わらない毎日。3限の現代教育論は今日が最後。講義が終わると同時に一斉に拍手が。まるでK塾のようです。でも、ほんとに素晴らしい講義でした。駒場最高、と言われる所以も納得。まあ、僕的には駒場最高は野矢茂樹教授ですが。最近は、勉強場所は空き教室を渡り歩いています。たまに教室内に1人になったりして贅沢な気分です。でも、時間割上は空き教室でも、たまに謎授業や謎サークルが使っていたりするから注意が必要。大学にはいろんな人がいるなあ、と実感できます。

17日(水)ハコイリ娘。は買いなのか?
電車で寝過ごしてしまったために、いつもと全然違うルートで学校に行きました。今日は大教室でひとりになってしまい(正確には鳥もいたけど)、さすがにむなしいから抜け出して図書館で勉強することに。てゆうか、雨降ってて寒かったので。鳥肌がたってトリになりそうだったので(byなっち)。今日みたいな日は、図書館くらいの温度が丁度いいんです。勉強は苦ではないけど、単調さが苦です。ひとりで行動するの得意と言ったけど、ぶっちゃけ、けっこうさびしくなってきました。人と会話することはおろか、携帯メールも何もありません。家に帰って2ちゃんを見るだけです。しかし、それもまた一興、でもないような気が最近してきました。

18日(木)「Do It! Now」
今日は家で勉強してました。特に変わりはないです。あまりに浪人生活に似たような生活を送っていたら、久しぶりに受験ネタを思いついちゃいました(…って昔はこんな事やってたのかYO!)。けっこう長いです。たぶん誰にも分からないし、誰にも面白くありません。特別興味のある人以外は読み飛ばしてください。( )内は歌詞の解釈です。

「Do it! Now 」 (「だからお前は落ちるんだ、やれ!」)

あなたが持ってる 未来行きの切符 (受験票)
夢は叶うよ 絶対叶うから (きっと合格するよ)
行こう (大学に)

最初のデートの帰り道 (最初のデート=現役時代)
口づけしたこと覚えてる (口づけ=くぎづけ=掲示板にくぎづけ)
ほんの一秒足らずでも  (番号がないのは1秒もあれば確認可能)
Ah 一生忘れない  (悔しかったんでしょう)

何度か歩いた商店街  (商店街=ゲーセン=堕落受験生)
ギリギリ間に合った終電車 (あやうく遅刻するところ)
ドキドキしたと同じ分だけ (緊張しすぎて)
恋に落ちて行った (不合格)

どんな未来が訪れても (未来=浪人)
それがかなり普通でも (出身高校は半分が浪人)
一歩一歩でしか 進めない人生だから (人生=浪人生活、日々是決戦!)
立ち止まりたくない (立ち止まったら、職業「無職」です)

Do it! Now (だからお前は落ちるんだ、やれ!)
いつもいつまでも何年経っても 決心したこの愛が (愛=浪人生活)
続くように (続いちゃだめです)
Do it! (やれ!)
あなたが持ってる 未来行きの切符 (受験票および卒業証明書)
夢は叶うよ 絶対叶うから (今年こそ!)
行こう (大学に)

※ラップ部分は省略
(主に浪人生の葛藤を描いています。)

最後の電話になりそうな (電話=試験)
けんかをした日もあったよね  (けんか=ガチンコ勝負、試験に挑むこと)
話 途中でバッテリー切れて (試験途中でシャーペンの芯なくなって)
なぜか笑えてきちゃったわ (あきらめ笑い?)

覚悟するのは簡単だった (浪人を)
夢がそこにあったから (夢=予備校の授業料免除)
「若かったあの日」と いつか笑えるような 毎日を過ごしたい (泣けますねえ)

Do it! Now (やっぱりお前はバカじゃない、やれ!)
宇宙のどこにも見当たらないような (宇宙=宙=胴上げ、胴上げはされたくない)
約束の口づけを原宿でしよう (合格しよう、という意味。たぶん。)
Do it! (やれ!)
私の持ってる 未来行きの切符 (受験票および二外の選択表)
あなたと二人できっと叶えたい (あなた=参考書)
I Love You (アニョハセヨ)

19日(金)今日はめずらしく「笑い」の話などを
総合科目の試験が始まりました。今日は「統計物理学」と「現代教育論」です。いちいち試験の出来具合を書くのは寒いので止めておきます。まあ、今日の2つはいいんです。勉強ちゃんとやってたし。授業けっこう出てたし。問題は来週から。出席ゼロで試験に挑む(しかもシケプリなし)謎科目がいくつかあるので。厳しい戦いになるのは必至です。
さて、今日は先週も話題にした「マネーの虎」があったんですが、僕が予想していた内容とは大違いでした。彼は、てっきり僕が先週書いたような内容を語ると思い込んでいました。それでモーヲタの低脳ぶりを証明しようと思ったのに。証明失敗です。低脳なのは僕だけでした。彼はモーヲタでも何でもなかった。内容もかなり普通。そう考えると番組の演出はかなり謎でした。あのプレゼンの真に盛り上がるところって、ひばりの息子の退場でもなければ、彼が「ウソをついてない」と主張するところでもなく、誰が見たって、最後の吉田栄作の台詞でしょう!さすがにあの時ばかりは感動しました。ハッピーエンドで終わらないのに感動できる番組ってなかなかないと思います。さすがはマネ虎です。
だからこそ、最近の中途半端に媚びた演出は本当にもったいない。別にあんな引っ張り方しなくても、少なくとも僕は見ます。確かに、「モーニング娘」って単語出せば、そこそこ共感は得られるし、視聴者の注目は集められますけど。この番組のコンセプトってそんなものだったか?と思ってしまうのです。やれ社長が退場したとか、社長同士が争うとか、あんまりプレゼンの内容自体とは関係のない、言わばテレビ的な演出をやろうとしてるのが、いちファンとしては「何か嫌だな」って思うんです。僕は基本的に「ほら、面白いだろう?」みたいな見せ方が嫌いなんです。いや、そう言うと誤解があるかもしれない。正確に言えば、自分が面白いと思っていないのに、そこを「面白いだろう?」って見せられると一気に冷める、ということです。だから、面白いところは面白く見せていいと思います。フードバトルクラブとかはそっち路線です。いい意味で期待に応えてくれる。でも、そんな事言ったら、結局、好き嫌いになっちゃうかもしれません。でも、少なくとも、「面白いだろう?」演出をしないで面白ければ、それが最高です。昔のマネ虎は、まさにそんな番組でした。とにかく抜群に面白い。だから、わざわざ「面白いだろう?」って言われなくても全然良かったんです。
ちょっとテレビとは違うけど、いい時のラーメンズのコントもそんな感じがします。小林賢太郎はこんな事を言っています。「面白いというレベルに達するのは、お客さんの頭の中であって、こちらとしては引き金というかヒントを与えるにとどめておく」。僕はこれを読んだ時に、こんな事を考えてる人がいるのか、と感動しました。いや、別に目新しい考えではないと思います。でも、自分も考えていたはずなんだけど、いつの間にか忘れていた事が蘇った、という意味で、その喜びが大きかったです。ラーメンズのコントが笑えないけど面白い理由ってこうゆう事なんだってようやく分かった気がしました。逆に、中途半端な漫才は笑えるけど面白くない(と、僕は思います)理由も。つまり、漫才という形態をとって、ああゆうしゃべりテンポで、ボケとツッコミがあったら、それがイコール「笑いの空気」になって、大袈裟に言えば、内容に関係なく笑いやすい状況になるんだと思います。
僕は当初「新しい笑い」なんてカッコイイ事を考えていたけど、そんなものが存在しない事はすぐに分かりました。笑いってめちゃめちゃお堅いものだということが。とにかく「型」がきっちりしてる。ここでこうボケたらこうつっこむ、こうスカしたらこう処理する、とか形式が完璧に完成している。だから、それから外れると、見てる方としては「?」ってことになって笑えない。結局、笑いで勝とうと思ったら、この「型」、つまり「理論」を完璧に理解して、反射的に実行できるレベルまで高めるしかない。そう思って、ホームページであんな事をやっていたのですが(今言っている「理論」とはだいぶ違うけど)、落研に入ってネタを考えたりしてると、そっちが楽しくて楽しくて、いつの間にかとにかく好きな事をやるというスタンスになってました。もちろん、それが間違っているというわけでなくて、それはそれで、「自分が面白いと思ってやることは客にも面白い!」という、まったく根拠はないけど正しいと信じている「理論」が自分の中にあったものですから。
ちょっと脱線しましたけど、こう考えてみると、やっぱりラーメンズは面白いと思います。それが「新しい笑い」をやっているから、という理由ではなくて、押しつける笑いをやっていないから、という理由で。ただ、自分でやろうとするのは難しいかも。だって、ご存知の通り、僕は「面白いだろう?」って言いたくてしょうがない人間だから。というか、そうすることがすなわち「お笑い」なんだと思っているので。そして、ここまで考えてきた、ようやく出てきた結論。「笑えること」と「面白いこと」は違う。「笑い」はすなわち「面白いだろう?」と見せつけることであり、完璧に体系化された構造にすぎない。つまり、人は「構造」に対して笑っているだけ。それに対して「面白いこと」はもっと広い。そして、僕がここで書いているような事は圧倒的に「面白いこと」についての事が多い。マネ虎もラーメンズも、全部、面白いことなんです。なんかそう考えると、お笑いってむなしいなあ。でも、また時が経てば考え方も変わるんだろうけどね。

20日(土)ダンシング夏祭り
集中力の低下が~。世間では夏休み。近所では夏祭り。勉強する環境じゃありません。そういえば夏祭りなんて、ここ数年行った記憶がないです。前に住んでた所でもやってたけど、小学校の時は行ってたものの、中学になったら行かなくなりました。僕は中学は私立だったので。近所の知り合いが同級生じゃないという。だから祭りなんて行ってもあんまり楽しくないんです。まあ、祭りと言っても、太鼓が置いてある高台(あれ、何て言うんですか?)と、それを囲うようにして数件の出店があっただけでしたが。結局、祭りが楽しいんじゃなくて、祭りで何か買って公園とかでそれを食べながら遊ぶのが楽しいだけなんですけどね。大学の学園祭と同レベルです。それでも、当時はけっこう楽しいと感じたものです。現代教育論でも出てきましたが、現代社会は他人との心理的関係が希薄になる傾向にあるようです。そうゆう意味で、祭りは地域交流に必要だ!なんてゆう意見が世間では一般的なんでしょうね。でも、僕はそうゆう意見を聞いてもどうもピンとこないんです。いや、僕が学園祭を重ねる度に信頼を失っていってる事は置いといて。つまり、どうしても表面的なものに見えてしょうがないんです。お役所的というか。地域交流って言うけど、エレベーターで一緒になった人に声をかけるとか、そうゆう事の積み重ねでいいんじゃないのかなあ、と思ってしまうのです。焼きそばを買った人と人間関係が深まるか?と思ってしまうのです。まあ、別に批判するわけじゃないんですけどね。ただ、ひとつ言えることは、僕は祭りの日でも夕食は出店では買わないってことです。だって、コンビニ弁当のほうがうまいし。

21日(日)テレビを見てたら不安になっちゃって
冷房って使いすぎると体に良くないんですかねえ。朝からずっと頭が痛いんですけど。それとも「勉強したくない」ってゆう気持ちが、なんかよく分からん物質とか出して、頭痛になってるんでしょうか。ビデオを早送りで見たりするのも良くないかもなあ。そういえば、またオンバト録画したつもりがポップジャムが入ってました!いいかげん、NHKは放送時間を固定してくれ~。M岡さん、何とかなりません?まあ、そんなNHKですが、先週のポップジャムは良かったです。26人全員に均等に時間を使う(辻は例外)なんて他局では考えられません。こんな所にも民主主義が見え隠れ。
まあ、もちろん録画しないでリアルタイムで見ればいいんですが。なんか嫌なんですよね。昨日だって、オンバトが放映されてる時間は普通に家にいたし、テレビのスイッチ押せば見れる状態でした。でも、あえて見ない。最近、特にそうですが、僕はテレビ番組は録画しないで見ることはほとんどないです。好きな時間に見たいってのもあるけど、それ以上に、早送りと巻き戻しが使えるという点が重要。CM飛ばしなんてゆうのは些細な理由で、それ以上に、ひとつの番組をとっても、自分にとって「必要なところ」「不必要なところ」って思ってる以上にあるものなんです。大学の講義と同じです。だから、必要なところは何度でも見るし、不必要なところはためわらずに早送りします。たまにリアルタイムでテレビ見てて、思わず早送りボタンを押してしまって反応しない事にイライラする程です。そのうち、現実世界でも「早送りしたい」って思うようになるのかなあ、なんて思ったり。

22日(月)キユ
今日は「相対論」の試験でした。受験者人数が少なかったので、わりといい成績が期待できるんじゃないかなあ、と楽観的な考えを持っていたり。それにしても暑い。大学に行くだけで体力使います。今週のジャンプは、久しぶりに「ホイッスル!」が良かったです。そして、もうひとつのサッカー漫画「ナンバー10」はそのタイトル通り、連載10回で終了(打ち切り)。ネタにしては出来すぎだろ?という感じが。というのも、この作品を描いている「キユ」という漫画家、前作は「ロケットでつきぬけろ」という連載で、タイトル通りわずか9話(確か)でジャンプという宇宙をつきぬけて伝説を作った漫画です。当時、「キユネタ」と呼ばれるネタがネット上(おもに「2」)で大ハヤリ。打ち切り後に大ブレイク、という悲劇の作家として一躍有名になりました。そして今回もこの通り。残念ながらファンタジスタを見ることはありませんでした。434ページの「6年後ー」が絶妙なパスとなり、439ページの「ご愛読ありがとうございました!」で見事なゴールデンゴールです。

23日(火)夏だ!浴衣だ!かき氷!
今日は「数理科学1」と「政治経済学」。試験はまだまだ続くよ!先日うっかりNHKを非難してしまいましたが、訂正しておきます。まさか、あんな番組を企画していたとは。間接的にM岡さんに感謝です。最近、バイトに行ってないせいか、金がやばくなってきました。政治経済学を勉強する前に、自分の経済状態がピンチという。これじゃあ、試験終わっても遊べそうにありません(泣)。そんな鬱な気分を、昨日のHEY!のビデオを見て紛らわしています。いやあ、昨日はなかなか良かったです。個人的な名場面ベスト3は、チーム浜田に決まって嫌な顔をした加護、いちごミルクを作った加護、たこを足で触っておびえる加護、です。そりゃあ、ねえ、黄色の浴衣なんて着られた日にゃあ…。

24日(水)文章能力
今日は試験はナシ。図書館閉館だし、家でマターリ勉強してました。別に時間がないわけじゃないんだけど、試験の最中に「教育心理」のレポートがあるのがマジうざい。僕は、試験かレポートかって言われたら、絶対、試験派です。試験のほうがある程度、自分なりの方法論を持ってるから、対策が立てやすいです。それに対して、レポートはどうやってやっていいのか未だによく分かってないです。もちろん、ここで言うレポートは、論述中心のものの事ですけど。理系のレポートは大半が問題を解くだけなので全く違います。
そして、基礎的な文章能力というのは勉強に限らず必要だなあ、と痛感します。正式な文章じゃなくても、例えばこうゆうWEBコンテンツや、あるいはコント台本を書く場合などにも必要になってくる(役立つ)事だと思うんですよね。別に今まで全然やってこなかったわけではないけど、明文化された方法論が自分の中にほとんど存在しないのは確かです。でもよく考えたら、普通の人は普段から論理的で整然とした文章を多く浴びて生きてるので、そんな事は自然に身についてしまうものなのかも。そして、自分の場合を考えてみると、実はその中身が破綻している事が判明しました。まず、新聞なんてほとんど読まない。大学生にもなって、テレビ欄しか見ない日がほとんどです。本もあまり読みません。読むとしても、偏った内容ばかりです。じゃあ何を読むのかといったら、雑誌の記事や、テキストサイトの文章など。そして決定的なのが、毎日書いてる文章が何かっていったら、こんな内容。これじゃあ文章能力が身につくわけがない。むしろ、間違った方向の文章能力がつくばかり。これからの大学生活に支障をきたすんじゃないかっていう。卒論に「キボンヌ」とか書かないように注意しなければ。

25日(木)邪魔しないで、通り雨
なんで雨降ってる日に限って傘忘れるかなあ。家を出た時は小雨だったから、大丈夫だろうと思ったら、渋谷に着く頃には大雨に。さすがに傘がないとキツイを思って、雨に濡れないで移動できる範囲で、一番安い傘を探して渋谷駅をさまよっていました。それで、何を思ったか、一度JRの改札に入って道をショートカットしようと思ったら、スイカは入った駅からすぐ出るのは無理な事に気づく。よく考えたら、スイカは入場の際に初乗り分引かれるのです。当然、自動清算期も反応せず。係員に見せれば何とかなったかも知れないけど、一度引かれた金が戻ってくるのか?自分の責任ではないのか?と疑問に思い、何を血迷ったか、せっかく引かれてしまったのだから、初乗り分電車に乗ろう!と訳の分からない事を考えて、どっちにするか迷ったあげく恵比寿へ。そして、結局、恵比寿に着いても、やることといったら雨に濡れない範囲で移動して傘探し。恵比寿はヘタにショッピング街とつながってるので、その範囲が広い!しかし、僕が探しているような低価格の傘は見つからず。よく考えたら恵比寿みたいな街に、そんな低価格の傘があるとは思えません。戦略ミスでした。いや、それ以前にミスでした。結局、傘は渋谷のコンビニで購入。その後、ようやく学校に着いて少しばかり勉強。4限の「数理科学2」のテストのため図書館を出ると、見事に快晴。いちいち持ち歩かなきゃいけない傘が、いつも以上にうっとおしかったです。

26日(金)金曜日、明日はハッピー
今日は「物質化学(無機化合物)」の試験。授業1回も出てません。教科書もシケプリも持ってません。登録はしています。という科目。シラバスを見ると、半分くらい物性化学の内容とかぶっている事に気づいて、単位だけは取っておこうと思いまして。対策と言えば、物性化学の該当部分を軽く復習して、昨日の夜ネットで見つけた謎シケプリを読んだだけ。ええ、もちろん矢口のラジオ聞きながら。配位子場理論よりも、藤本美貴の新コーナーの情報のほうが記憶に残っているという。
続きましてテレビ談話。最近、マネ虎を生で見て、Mステを録画というパターンです。今日も今日とてマネ虎はめちゃめちゃ面白かった。モンゴルの映像のとき、「高橋がなりが納得すれば即マネー成立」を10回くらい言ってたのが個人的にツボでした。Mステのほうは、娘。達、登場シーンで「ケメコ、ケメコ」やってました。明日のコンサでもやってくれるかなあ、とキモオチ。

27日(土)「Hello! Project 2002 ONE HAPPY SUMMER DAY」
「待ちに待った」というありがちな言葉で表現できない程待ち望んだ、ハロプロ夏コンの日がやってきました。チケットを入手できなかった僕は、またまたA瀬さんのお世話になることに。いちおうコンサートは初めてですが、あまりに入念に情報を調べすぎたため、ハイパーリアリティ現象で、何度も行ったことがあるかのように錯覚する程でした。そうゆう意味では、緊張はそんなにしなかったです。
さて感想ですが、時系列に書いていくと面倒だし、そこまでネタがあるわけじゃないので、総論→各論の流れで書いていきます。まずは、全体的な感想ですが、いい意味で期待通りで良かったと思います。本当はいい意味で期待を裏切るのが最高のエンターテイメントですが、僕の場合期待が大きすぎたので、それは難しかったです。
そして、つくづく感じたのはライブの質は自分自身に依存する部分が大きいなあ、ということ。コンサートは、普通のエンターテインメントに比べてそうゆう部分が大きいと思いました。要は自分なりの楽しみ方をいかに確立するかってゆう。まあ、それはハロプロを楽しむ事全般に言えることですが。ハロプロが楽しませてくれるんじゃなくて、俺らが楽しむんだ!という心意気。これが原点にあるわけです。だから、テレビを見るときも、もはやテロップが出るような笑いどころなんかあんまり興味なくて、むしろ画面の端で油断してる表情とか、一瞬のスキとかを探すのが楽しいわけでして。コンサもそれと同じかな、と。ヲタに合わせてPPPHをやるのか、振り付けをマネるのか、ステージ上のダンスに見入るのか、一推しを追い続けるのか、スクリーンを見て生の表情をチェックするのか、いろいろな楽しみ方があるのです。だから、そう簡単にはいかないようです。こうゆう事はハロプロの底の奥深さの象徴であると思います。
なんだか肝心の内容に触れずじまいです。まず、会場の環境が予想より良くて驚きました。なんか人がぎゅうぎゅうで動けないような状況すら想定していたのですが、やはり指定でサイドスタンドは無難な選択です。ステージもスクリーンも遠いとはいえよく見えるし。前の人との間隔も大きいし。また、アリーナ席のサイリウムの動きを見るのも圧巻です。かけ声入るところで、客電が一瞬つくんだけど、その時の雰囲気がマジですごい。「盛り上がってる」オーラが出すぎという。というわけで、ライブのフォーマット自体はかなり納得のいくものでさすがと思いました。だてに年間120公演もやってないね。
歌のほうですが、スイッチの入る曲と入らない曲がはっきりしすぎてたのは、ハロプロだからしょうがないです。逆にすべてにスイッチがはいったら、それはそれで体がもつかどうか心配。と普通のヲタみたいな事を言ってみたり。というわけで全体の感想など言うのは不可能なので、細かい感想は各論のほうで。
歌の合間にはMCがあるわけです。最初のほうはかなり痛々しかったです。若干、コント仕様になってるんですが、内容が謎。携帯が鳴ってアフロの中に電話があるというボケをした後、後にそれが現実になるってパターンのものです。「アフロに電話ってあるんや~」という稲葉の台詞でオチ。その後、童謡がはじまるという、謎コンサートです。後半の娘。と中澤のトークはハロモニのような雰囲気でかなり良かった。個人的には高橋のプチ情報「加護と一緒に渋谷で買物してたらスカウトされた」というくだりで、加護と高橋がからんだ時がツボでした。ただ、加護が出てくるとヲタが騒ぎすぎて、終始加護の声を聞くのは困難な状況。別に加護に限ったわけではなかったが。
それでは軽く各論を。
・シャッフル3曲は合格点ではあるがスイッチは入らなかったかなあ。中央画面にPVを流す演出は良いね。でも、おどる11の登場シーンで、なっちが先頭で出てきて「みんないくよ~」と言ってくれたのでオールオッケー。
・童謡とか
シャッフルの後は謎コントといい、童謡といい、ごちゃまぜ感が否めません。「真夏の光線」をハワイアンで歌われても…。ポンキッキーズでおなじみの「カモメの水平さん」て言われても…。さぐりさぐりの状況が続きました。
・ミキティーとか、ミニモニとか
だんだん質の高い曲がちらほらと。「アイーン!ダンスの唄」は、志村けんがいなくても4人がある点を中心にまわっているのが分かって面白かったです。間奏の「ホ~ッイ!」のところが好きです。
・メロン記念日からあややへ
メロンの新曲はやっぱりいい曲。あややへのナイスパスでした。そして、ついにあややの登場!僕はここで完全にスイッチ入りました。気づいたら汗だくになってました。足がふらふらになりそうでした。それにしても、「Yeah!めっちゃホリディ」「桃色片想い」、この2曲はつくづく罪な曲です。
・そして、モーニング娘。へ
あややのナイスパスで盛りあがりは最高潮。モー娘。は「DIN」「ミスムン」「I WISH」「ピ~ス」「恋レボ」「ふるさと」「ウィアラ」の計7曲。新曲の紺野を生で見れて、完璧です!じゃかなった感激です!このへんは確実に確実に攻められてました、なかでも、一番罪な曲はやはりピ~スでしょう。この1曲をあの会場の雰囲気で楽しむだけでも、相当の価値があるものです。
各論はこんな感じで。後半はかなりの質の高さだったので、満足度は高かったです。メロンとかDINもいいけど、やはりライブでは盛り上がる系の曲には勝てないね。ただ、中途半端な場面で盛り上がる曲が出てきても、イマイチなので注意が必要。その点、今回は、メロン→あやや、DIN→ミスムン、I WISH→ピ~ス、というように、「おとなしくていい曲」から「盛り上がる曲」へのパスが素晴らしかった。そして、ライブを楽しむには、普段からいかにハロプロを楽しんでいるか、が重要であることを改めて感じました。ライブに払ってる金は、ハロプロという存在に払ってるようなものなのだ、と。たぶん、あの値段が高いと思ってるうちはまだまだ楽しみきれてないんだろうなあ。いや、高いと思わなくなったら、それはそれで完全に踊らされてるような気がしないでもないですが。

28日(日)負のモチベーション
単調な日々が1ヶ月くらい続いていた中での昨日のコンサートはちょっと刺激が強すぎたようで、回復するのが大変です。今日の代々木は最終日ということで、ハロプロキッズ15人と高木ブーが来たらしい。別にどっちもそこまで見たくないからいいけど。(※後日注:ハロプロキッズとともに、つんくも登場したらしい。これはちょっと見たかったかも?)さて残る試験は必修の2つ。「落としたら降年」、という負のモチベーションで頑張りたいと思います。今までの試験もそんな感じだったけど。

29日(月)こち池
今日は「物性化学」の試験。なんか微妙やなあ(by矢口)。今日の「本池上署」は、加護ちゃんが塾の合宿に行ってしまったために、極端に出番がないという珍事に。いくら東大卒の署長の娘だからって勉強しすぎでは!?この前も、新聞記者に数学教えてもらってたし。ノイローゼにならないか心配です。もちろん、そんな事はドラマの内容とは全く関係なく、しかもドラマはそこそこ面白いから何故か腹立たしいです。どうりでHEY!に圧勝するわけだ。しかし、このままだと加護ちゃんの見せ場がないまま終わってしまう!ここは最終回あたりに、いっそ加護ちゃんが殺人でもするってのはどうでしょう??受験勉強のシーンばっかやってるのが伏線だと考えれば、あり得なくもない。『実の娘の犯罪!署長の苦渋の選択!』というタイトルで前後編。シラをきる加護ちゃん、職務質問をうける加護ちゃん、取調室でお好み焼どんぶりを食べる加護ちゃん。どうよ??

30日(火)やる気 IT'S DIFFICULT
ここにきて絶不調です。正直、1日とか2日でドイツ語の力が変わるのか?と。和訳を代表とする、ごまかしの効く出題ではないと分かってる以上、ある意味対策は明白だが、ある意味どうしようもない状態。まあ、全出席して予習はいちおうやってたんだから(なんか、ごっちんみたいな口調)、大目に見てください。そうじゃないと、たとえ降年は免れても今度は留年が恐くなってくるので。このままじゃ、せっかく試験が終わっても、達成感どころか自己嫌悪です。な~んか、すっきりしないねえ。

31日(水)未来行きの切符
試験終了のこと、学館大掃除準備のこと、明日の合宿のこと、今日も何を書こうかなあ、なんて思っていたんです。しかし、そんな平和なことを書く余裕はなくなりました。人間、本当に悲しい事があると、涙も出ないんだなあって。もはや、新曲のプロモにさりげなく表現されていたこととか、皮肉にも卒業公演はごっちんの誕生日だとか、ユニット再編のこととか、何も語る気はありません。普段から、あらゆる事をさんざんネタにしてきて楽しんできたわけですが、今回ばかりはそんな事をする気にもなれず。本当に、ただただ悲しいだけです。13人のモー娘。が好きでした。卒業、加入、なんてモー娘。にとってはネタの代表格なんだけど、現状が変わることがこんなにも耐えがたい事だなんて、今になってはじめて知りました。ああ、俺、普通にファンになってたんだなあ、って。恥ずかしながら、それを今回の事で実感しました。

後日注:発表から少しばかりの時間が流れて、ようやく自分を客観的に見る余裕が生まれてきたような気がします。今まで、さんざんいろんな事を語ってきて、ここで何も書かないのは、自分の中で納得が行きません。気持ち悪い、と思われるのは分かっていますが、最初で最後の究極の自己満足をやらせてください。すいません。

特別エッセイ「7・31~モーヲタの最も長い一日~」
文:セルフ[モーヲタ]

ネタにできない究極のネタ
それは突然の出来事だった。今日も今日とていつも通り、ヲタサイトの「今日の最新情報」をチェックする毎日。最新情報とはいえ、ジャケ写が公開されたとか、ASA板でこんな情報が書き込まれたとか、そんな程度であった。そして我々モーヲタにとって、そんな日常がたまらなく恋しく、そんな幸せな毎日がずっと続くことを期待していた。しかし、現実はそうはいかなかった。最新情報の欄には、信じられない項目が載っていた。「後藤真希、保田圭がモー娘。を卒業」。この瞬間、自分の中での現実と非現実は交錯した。PCの画面はさしずめ、映画のスクリーンのようであった。ネット上での混乱ぶりを目にすると、だんだんと現実感を帯びてきた。そして、ネタ職人であるモーヲタにとって、けっしてネタにできない究極のネタを手に入れてしまったこの現実は耐えがたいものであった。

モー娘。からハロプロへ
しかし混乱しているだけではどうしようもない。まずは現実を冷静に受け止める必要がある。今回の革命を、一言で言えば、ハロープロジェクトのモーニング娘への下克上、と言うことができるだろう。つまり、今までの変化は、それがプラスになったかマイナスになったかは別にして、すべてモーニング娘。の今後を考慮してのものであった。しかし、今回はそれとはまったく違う。よく考えてみると、ユニット単位を含めて、さまざまな卒業や加入があったが、実はハロプロというくくりで見れば誰も卒業していないし加入もしていない(このさい、面倒なので平家みちよの事については触れない)。つまり、細かいグループ分けが変わっただけで、構成員はまったく変わっていないのである。これは、もはや「モーニング娘。」というグループが形式的なものと化し、真のグループは「ハロープロジェクト」という巨大なものになったことを意味するのである。

不幸にして正しい選択
そしてこの革命はきわめて必然的なものであった。なぜなら、変化を起こしつづけてきたモーニング娘。が、マンネリに陥ってしまったためである。禁断の秘儀であったシャッフルユニットまでもが、毎年恒例になるこの現状。新曲を出すペースも定期的になり、やるべき事をやるだけで毎日が過ぎていく状況が続いた。そして、ヲタにとって、それは究極の平和であり、けっして手放したくないものであった。しかし、今日の芸能界において「安定」こそは最大の敵である。「ノーリスク、ノーリターン」よりも「ハイリスク、ローリターン」に価値が置かれるのが現実。幸せな事は正しい事とは限らない。今回の革命は、ハロプロメンバーである彼女達本人、ヲタ、その他関係者含め、すべての人間にとって、不幸であったことは間違いない。しかし、同時に正しい事であったのも事実なのである。

みんなまとめて奈落の底へ
この不幸をヲタが受けとけるか、受けとめないかは、正直、本人次第である。そして、どちらが正しい道とも言えない。このような革命がおきてもまだファンを続けるような人は、本心からファンではなかった証拠かもしれない。また、このくらいの不幸を受け入れられない人間はその程度のファンであった、という見方もできるだろう。モー娘。をはじめ、あらゆるユニットが形式化してしまった今日において、正しいファンの姿は存在しなくなった。しかし、少なくとも彼女達は全員、この不幸を受けとめた。そして、戦っていくことを決心したのである。皮肉にもその意志が十分に込められていた新曲「Do It! Now」が、マンネリ化した今までのモー娘。とは別格の魅力を放っていた理由も納得できる。奈落の底につき落として、そこから這い上がってくる姿にこそ人間の本質が現れるという見方は、ASAYAN時代からの伝統である。今回は彼女達はおろか、それらをとりまく人間、世界がすべて奈落の底へとつき落とされた。もはや、上から、這い上がってくる彼女達を見る視線は、我々は持ち合わせていない。我々ヲタ自身も奈落の底へと来てしまったからである。問題は、這い上がる決心が、平和ボケを続けてきた我々にあるかどうかである。

箱よりおもちゃ
何度も言うが、現モー娘。の13人は全員ハロプロに残る。我々が応援し続けてきた人間は、所属が変わるが、また新しい一歩を歩みだすのである。そして、今になって、ある事に気づいた。モー娘。の魅力は、「おもちゃ箱をひっくり返した面白さ」ではなかった。実はもっと単純に、おもちゃ箱に入っていたおもちゃ自体が面白かっただけなのである。どんな箱に入ろうと、人間の魅力は変わらない。強いて言えば、その魅力の見え方が若干、変化する程度である。モー娘。、タンポポ、プッチモニ、ミニモニ。、そのすべてのユニットが、史上最悪の質へと低下したことは事実である。そうゆう細かい問題を分析したとして、行き着くところは、4期5期と1期2期3期の実力差という問題に帰着するだけであり、それは不幸な状況を再確認する事にしかならない。

決心
だから、もう、タンポポ旧CD買占め運動なんて止めにしないか?ヲタがそんな事では、すでに不幸を受けとめて歩みだした彼女達と比べて、あまりにもレベルが低すぎる。彼女達を見てきて学んできた事はそんな事ではなかったはずだ。今になって思えば、ハロプロ夏コンで初披露されたごっちんの新曲は、前の3曲では考えられなかった程のクオリティに仕上がっている。そこには、迷いをふりきったごっちんの姿があった。メンバーひとりひとりが悩み、苦しみながらそういった決心をして、この日を迎えた。そして今度は、我々モーヲタが決心をする番なのである。

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