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後藤日記2006年8月

31日(木)

 内閣府の青年親善交流事業で中国に派遣されるため、9月22日まで更新はお休みです。しかしその間も落研有志のコント集団ナナペーハーの皆さんは着々と公演準備を進めています。構成員のブログも始動!是非ご覧ください。

ナナペーハー公式HP

30日(水)

 スーツケースを宅配便で送ることにしたのですが、肝心の時に伝票(正式名称不明)が出てきませんでした。昨日書いて机の上に置いたはずなのに、ない。諦めて書き直すことにし、送り先が書かれた書類を出そうと鞄の中を見ると、そっちもない。ベッドの上にもない。どこにもない。「何でないねんな!おかしいやろ」とエセ関西弁独り言が噴出し、衣類の山をかきわけゴミ袋を投げ散らかし、23区全域に聞こえる声で「落ち着け、私!」と叫ぶくらい焦りました。4回目に鞄の中を見たら書類が平然と入っていたので何とかセーフだったのですが、我にかえって部屋を眺めて、呆然とせざるを得ませんでしたね。少し前まできれいに畳まれていた、何の罪もない服たちの無残な姿。先月やったネタの思いがけぬ出現(on床)。その傍らに横たわるトイレットペーパー。ため息をつきながら机の上のおせんべいを手に取ったら、その下から伝票が出てきました。ドラマでよく感情が高ぶって手紙や書類を破る演出がありますけど、あながち大袈裟とも言えないですね。

29日(火)

 ホーム停車時のアナウンスが途中で途切れたので耳をすませたら、しばらく沈黙が続いた後「バシッバシッ」という音が聞こえ、さらにしばらく後に通常のアナウンスが再開されました。
①アナウンスの途中に危険物を持った男がトレインジャックを企てて侵入し、揉み合いになるが、すぐに逃げていった。
②アナウンスの途中に「声低すぎじゃね?」と運転手がダメ出しをし、逆ギレした車掌と揉み合いになるが、すぐに仕事に戻った。
③アナウンスの途中に運転手がちょっかいを出してきて、「オレ脇弱いって言ってんだろ」とじゃれ合いになるが、すぐに我にかえった。
妄想が広がります。

28日(月)

 朝の4時まで映画を観たことによって、規則正しい生活を乱してしまいました。昨日までは朝ドラに合わせて起き、5度寝し、日が暮れてから買い出しに行き、26時からソーラン節の練習をして27時半に寝るというリズムを正確に刻んでいたのに。

27日(日)

 中国に行っている間3週間もテレビが見られないので、その間の「爆笑オンエアバトル」や「功名が辻」や「純情きらり」や「中国語会話」や「宮廷女官チャングムの誓い」や「謎のホームページサラリーマンNEO」や「笑いがいちばん」(順不同)を録画しておかなければなりません。NHKの番組ばかりなのは偶然です。そして前半4つは日本にいようが毎回永久保存版にしているのもきっと気のせいで、問題はハードディスクの空き容量でしょう。現在荷造りそっちのけでDVDディスクに移す作業を行っております。ついついダビングしながら観てしまうのですが、お正月番組のしっくり来なさが尋常じゃありませんね。寒いとか雪だとか言われても何のことだか分からないんですよ。8月って、冬がどういうものか最も忘れている月ですもんね。そんなわけで「初笑い東西寄席」を観ていたのですが、これもNHKなのは偶然ではありません。

26日(土)

 今日は落研有志のコント集団ナナペーハーの看板作りに遭遇して少しだけお手伝いしたり、中国行きに必要なものを買い揃えに行ったりしました。そして、中国派遣まで1週間を切っているのにまだ荷造りに手がついていないとか、どこに行くか認識していないとか、現地で披露するソーラン節の振りを忘れているとか、問題は色々あるものの、何よりマズイのは体力のなさではなかろうかと思い至ったのです。そんなわけで突如体を鍛えたくなり、電車を使わず徒歩で帰ることにしました。夏休みで定期も切れているし、絶好の機会だと思ったのです。その道すがら、日本語のうまい外国人に道を聞かれたので、自分が迷っていることも忘れて親切に教えてあげました。

25日(金)

 今日は、実に有意義なことに、11枚のレジ袋を、3角形に折りたたみました。

24日(木)

 自分の部屋が臭くて汚くて散らかっているだろうと思っていたのですが、昨日久しぶりに帰ったところ、意外とキレイで驚きました。しかしベッドカバーをめくってみたら、中からあらゆる物がが出てくるわ出てくるわ。過去の自分に騙されたというのはこういうことを言うんでしょうね、ってそんな頻出フレーズでもありませんけど。さしあたって5月2日に買って以来室温放置の玉ねぎとどう向き合うべきかが今後の鍵です。あ、こう書くとベッドの中に玉ねぎを隠しておいたことが原因で部屋が臭くなっていたという風にも読み取れますね。違います、部屋も臭くないし、さすがに玉ねぎをそんな所に隠したりなんかしません。ベッドから出てきたものなんて、飢餓国への罪悪感くらいです。

23日(水)

 帰省第二部が終了、そして大学お笑い日本一決定戦2006決勝を観に行きました。出演した皆さん、応援に行った皆さんお疲れ様です。久しぶりにお笑いを見たので楽しすぎて涙目になり、久しぶりに落研部員に会ったので嬉しくて細目になったのですが、「成績見た?」という相方の一言で気分が墜落しました。2年生は今日夏学期の成績発表だったんですね。優秀な相方に対し私の成績表はパッとしないものでしたが、どうやらうちのコンビは無事3年に上がれそうです。それもこれも皆様の応援があってこそ。というよく聞くけれどなかなか使う機会のない台詞を言ってみました。

12日(土)~22日(火)

 ネット環境がなかった間の雑記です。

12日(土)
 帰省第二部が始まり、大阪の祖母宅から京都の友人宅へ。家主の所属するサークルの演奏会にも足を運びました。実は、私が全く別々に知り合った3人の友人が、同じ年に同じ大学の同じ学部へ入学し、同じサークルに入ったんですよ。偶然とは恐ろしいもの、世間とは狭いもの。縁は異なもの味なもの、そんな京都旅行の幕開けです。
13日(日)
 この日もコンサートでした。うますぎて涙が出そうになったのですが、一部大変失礼な態度で拝聴してしまい、申し訳ない限りです。昼は、抹茶パフェやあんみつなどの和風スイーツを5人でつつき合ってご飯代わりにするという若気の至りプランも決行しました。理性を失って食い散らす醜い姿をさらせるのも、気心知れた高校時代の友人だからこそでしょう。
14日(月)
 舞妓さんの格好をしました。こういった体験は「意外と可愛い、意外とキレイ」というのが楽しいのであって、私のように「半端なく似合う」のはつまらないのだと発見しました。それにしても「体験者の大半がカツラと着物の締め付けによって吐き気を催す」(お店の人談)ってどうなんですかね。ちなみに、抹茶パフェをランチにする若気の至りプラン、2日目でした。
15日(火)
 炎天下の京都御所へ行った気がしますが、暑さのせいで記憶が曖昧です。友人の所属するサークル御用達のお店で夕食をとり、一行と別れて私だけ祖母宅へ帰りました。お昼は勿論、若気の至りプラン3日目だったのですが、3日目にして限界が判明。ほぼ全員が消化器のトラブルに遭い、午後の予定をキャンセルして休養することになりました。よいこの皆は真似しないでね。
16日(水)
 離隊した私以外のメンバーは嵯峨野ツアー。生まれてこのかた五山の送り火を見たことがないとぼやきつつ、母・祖母と墓参りに行きました。お経を子守唄に寺で寝るのは当然といえば当然です。しかし、親戚とお茶している最中に寝るのはいかがなものでしょう。3日前友人のコンサートで寝た時以来の衝撃が走りました。
17日(木)
 一人また一人と京都を去り、残り2人の友人が大阪の祖母宅に泊まりに来ました。2人は疲れて早めに寝たのですが、私は突如アレルギー性鼻炎を発症。別室で一人3時半まで鼻をかみ続けなければなりませんでした。
18日(金)
 友人を高速バスのりばまで見送りに行き、ついに京都旅行の幕が閉じました。そんな時、のりばの向かいに杮落とし公演をやっている劇場を発見したのです。ミュージカル好きとしては黙ってはおれず、全身全霊をかけて母親をけしかけました。
19日(土)
 乗せられた母とお出かけ好きの祖母と私の3世代でミュージカルを観ました。横で祖母がむっさ寝ていたのですが、ミュージカルでは決して寝ず、授業や演奏会や法事や映画やテレビや芝居で寝る私に糾弾する資格はないと思います。というかそもそも、何人たりとも他人の睡眠権に口出しをする権利はないと思いませんか?今日という今日はこの場を借りて言わせていただきますよ。えー、本当に、すみません。
20日(日)
 高校野球の決勝を観て、買い物に行きました。
21日(月)
 高校野球の決勝再試合を観て、買い物に行きました。
22日(火)
 突然豪雨と雷に襲われ、近くで停電までも起こる中、幼なじみが訪ねてきてくれました。これで大阪滞在も最終日です。実を言うと、祖母の家は大阪ではなく兵庫なのですが、それはいいとして、古い友人との再会を多く(1、2、3…あ、そうでもない)達成した帰省第二部でした。

11日(金)

 去年葬式が私の誕生日とかぶるように息を引き取ったナイスな祖父の初盆ということで、父方の親戚が集まってお墓参りに行きました。母方の親戚は落研に入ったと言うと大半がヒくのですが、父方の親戚はお笑い系が多いようです。かくいう祖父も落語やお笑いが大好きでした。皆本当に面白い人達で、さしあたって従弟のピン芸がもてはやされていることに心から嫉妬しています。しかし向こうには叔父というマネージャーがいることや、かたや小学生かたや東大女子という決定的ハンデを考えると正当な評価は出来まい、と真剣に計算している自分が悲しいです。

10日(木)

 帰省第一部終了に向けた荷造り作業の合間を縫って幼なじみと会い、さらに大学受験期にお世話になった塾の先生に会いに行きました。先生は大の読書家で、教室が「本の中に部屋がある」状態になる程なのですが(あ、さすがに少し言い過ぎたかも)、うちの両親も読書量はさておき本が好きなことに関してはなかなかのものだと思います。とにかく家に本を持ち込むんです。父は購入時にカバーをかけてもらった本を積みあげて、後々何の本か分からなくなるのが趣味だし、母には本屋で買うだけでなく近所の銀行から本を借りてくる習慣があります。私にも意味が分かりませんが、待合スペースに本が置いてあり、勝手に借りて帰っていいらしいのです。今日母は、そのようにして最近借りて非常に面白かった本を友人に又貸ししようとしていました。「これ、銀行で借りたんだけど、面白かったよ」するとそのお友達は「あ、この本私が置いたのよ」と一言。縁は異なものと二人は盛り上がっていましたが、単に田舎臭いだけではないかと疑わざるを得ません。

9日(水)

 「大学お笑い日本一決定戦2006」の予選Aブロックが行われ、東大落研の決勝進出が決まったそうです。私は残念ながら気持ちだけ部員の皆さんと一緒に応援していました。本当に行けなくて残念だったので、「ハチ公前に集まっています」というメーリスが流れた時「まだ広島にいるのでちょっと遅れます」と返信しようかと思った程です。しかし何より、ハチ公前に集まって応援に行ったことは知らせてくれたのに決勝進出決定の知らせはなく、公式サイトで調べるしかなかったことに若干の不満を覚えています。

8日(火)

 後輩と再会を果たし、虫歯を治療した挙句に映画を観るという有意義な一日を過ごしました。観たのは、名前を書くとその人が死ぬという死神のノートを手に入れてしまった青年を主人公とする漫画を映画化したもの(題名書いてしまえば5文字で済むのに…)です。私は父と行ったのですが、カップル客が多い中、前の列に子供連れの一家も座っていました。この映画の面白さを理解するには幼すぎる子供2人と、子供の襟足をとても長くする系の夫婦です。そこで幼少時代を振り返り、同級生に襟足の長い子がいたかどうか考えたのですが、よく覚えていないんですね。そして、そういった襟足は記憶にしっかり残る程の年齢になると切られてしまうものなのではないだろうかという推論に至りました。極めて幼い頃は親のなすがままの髪型を受け入れるしかありませんが、やがて子供本人が長い襟足を切りたいと口にするようになるのです。それはまさしく自我の芽生えという儀式なのだ、などと思いをめぐらせているうちに、次々と人が死んでいきました。

7日(月)

 この日記もいつの間にか折り返し地点を通り過ぎました。次回の帰省の時にはもう八代目が書くようになっていると思うと、広島紹介なんぞをするのも今回がラストチャンスです。そんなわけで、役に立たないに違いないローカル情報をお伝えしたいと思います。広島には自動改札機がないという話を2月23日に書いたのですが、来年にはICカードが導入されるようです。そして、そういえば新交通システムだけは完全に自動改札ですし、私鉄・バス共通のプリペイドカードは既に普及しています。しかし、東京の地下鉄でカードを使うのと広島の路面電車でカードを使うのとでは全く事情が違うんです。値段は同じ、1000円・3000円・5000円ですが、買うと1割分おまけがつくという点に注目しましょう。つまり、おまけをつけてでも買わせたいわけだと言いたいのですが、続きはまた別の機会に。

6日(日)

 8時15分にテレビで式典の様子を見ながら一応黙祷した後、高校のプチ同窓会でバレーボールをしに行きました。私の母校は中高6年間やたらとバレーをさせる学校だったので、球技という球技全てが苦手な私もさすがにルール位はマスターしているのです。しかし日程が悪かったようで、特別に場所を貸してくれた校長先生まで駆り出さなければゲームができない程の人数でした。あ、校長先生と聞くと会社の重役っぽい人をイメージされるかも知れませんが、うちの校長は体育教師なのでご心配なく。パスに失敗するとにこやかにボールを投げつけてくれます。

5日(土)

 広島の実家に帰って来ました。今回はノートパソコンの持ち運びに初挑戦です。新幹線の中でパソコンを使うのが以前からの憧れだったので、完全に自己陶酔に陥りましたね。この日記も実家のボロパソ子からではなく使い慣れたマイパソコンから更新しています。おかげで線を一本差し込めば簡単にネットに接続できることや、接続さえすればどこからでもメールを受信できることを知りました。私がいつも使っているアドレスにメールを送ると東京の私の下宿に届くものだとばかり思っていたのです。そうではなくて、私が使っているパソコンに届いていたんですね。だからパソコンを広島に持って帰れば広島にメールが届くと。ええ、はい、違うことは分かっていてわざと言っているんですが、私の理解は言葉で説明できる段階に達していません。

4日(金)

 東大落研内にはいくつかの軍団・教団が存在しますが、争うでもなく思想を流布するでもなく、互いに仲良く活動しています(意味不明ですが私の文章力の問題ではありません)。今日はその中でも最大最強と噂高い軍団の作戦会議がありました。いやぁ楽しかったです。1年生も相方も面白いですがやっぱり先輩方は本当に面白い!今年卒業してしまう人が結構多いので、今のうちに色々語り合っておかなければなと思います。しかし参加できなかった人がいて残念でした。次回こそ女子部員全員で遊びに行きたいものです。

3日(木)

 今日はゼミの補講に行きましたと言うとあたかも真面目に聞こえますが、別件で学校へ行ったら先生に会ってしまい、しかも単位をつけたよと言われたので帰りにくくなっただけです。行って本当に良かったとは思っていますが、その他は何かとひどい一日でしたね。まず、所持金に対する考えが足らず、私鉄のプリペイドカードと新幹線の切符と夕食を買ったら残金が33円になってしまいました。明日早めに出て銀行に寄らないと大変なことになるのでひやひやしています。そして、この1ヶ月コンビニ弁当を買いすぎた罰で景品を貰ってしまいました。自炊をしないからこそ40点もたまったというのに、お皿をくれるというこの皮肉っぷりがたまりません。

1日・2日

 落研夏合宿で千葉県白浜に行ってきました。そういえば春の合宿も千葉だったので、宿を選んでいる現部長は千葉が好きなのではないか疑惑が持ち上がったのですが、結局聞いて確かめないまま合宿が終わりました。そんなことを聞く暇がない程楽しかったということです。この2日間で大体のことはやりつくしましたね。はしゃいだりふざけたりもさることながら、真剣に悩みを聞いてもらったり、実に有意義な時間を過ごしました。一体どれ程笑ったことでしょうか。そして笑いの陰にある愛と友情の何と素晴らしきかな。本当に落研は魅力的な人々の集まりです。先輩を気遣う後輩、後輩を思いやる先輩、働き者の同期達。笑いを愛し、落研を愛する部員の仲間が、私は前より一層好きになりました。そして、そんな風に落研を愛する自分のことが、何だかんだでかなり好きです。

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