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後藤日記2006年10月

31日(火)

 そろそろこの日記も終わりが近づいてきて、今のうちに書きたいことは全部書いてしまわなければという気がしています。そんなわけで今日は「お菓子を作りました」という可愛い日記に挑戦してみましょう。

今日はバナナケーキを作りました。道具で足りなかったのはふるいや泡だて器。材料で足りなかったものは卵とバニラエッセンス。私に足りなかったのは知識と才能です。でも、あるもので済ませるのも大切なことなので、母親の不完全な記憶によるレシピを頼りに完全な目分量で作ってみました。すると、初挑戦にしては上出来なものが完成したのですが、母が「バター」と言い忘れたことに驚くべきか、私がケーキにバターを入れることすら知らないことに驚くべきか、バターの入っていないケーキの苦さに驚くべきか、バターを塗って食べた時のおいしさに驚くべきか、驚くべき点が多すぎて悩むところです。しかしおそらく、この日記が可愛くならなかったことには誰も驚かないでしょう。

30日(月)

 最近、夕食後すぐ寝て夜中に起きて朝方少し寝て登校というリズムが身についてしまったので、健康的な生活に改善しようと思います。そのためにまず、日付が変わってからものを食べないというルールを作りました。そうすれば胃腸と肌に優しいし、早寝も促進されるだろうというわけです。しかしまだ始めたばかりなので空腹と戦いながら朝方までねばってしまいます。しかも、学校へ行くまでに仮眠はとれても朝食をとる暇はありません。今朝の授業中、恥ずかしいことにお腹がいびきをかいてしまいました。

29日(日)

 古い映画を安く2本立てで観られる映画館に行きました。コメディ映画と悲しい映画だったのですが、どちらも素晴らしく、誘ってくれた友人も非常に感動した様子でした。ただ帰宅後パンフレットを読んで驚いたのは、コメディ映画の方が「おバカすぎて気持ちいい」と評されていたことです。私はそう読むまで、おバカな映画であることに全く気づいていませんでした。ひょっとしてこれは、ニンニクを食べた人同士だと臭くないのに似た現象でしょうか。

28日(土)

 学友のバイオリンを聴きにライブバーへ行きました。勉強はできるわバイオリンはうまいわ、多才な人というのはうらやましいですね。しかし「何でもできる」人は「何でもできる」人で悩むものだとも聞きます。多分、色んなことができすぎて、自分に一貫性を見出せなくなるんじゃないでしょうか。私は少才なので、最近自分の興味に一貫性を見出すことに成功しました。お笑いを好み、タイムトラベルものに目がなく、言語を扱う学問に関心があるという3つの面が共通性を持っていることに気づいたのです。しかし一度あたったからと言って自分が牡蠣アレルギーだと決め込むのはいささか乱暴で、それからの人生で全く牡蠣を食べないなんて余りに勿体ない話です。せっかく広島出身なのだから今度思い切って食べたいと思います。ああでも、万が一本当にアレルギーだったとして、落研日記に書いたばっかりに、牡蠣を盛られて暗殺されたらどうしよう。いや大丈夫、私が暗殺される程の人物であるはずがありません。とりあえず例え話の才能はなさそうですし。

27日(金)

 秋風寄席は無事終了致しました。ご来場くださったお客様に御礼申し上げます。しかし私の一日はちっとも無事ではありませんでした。朝起きて時計を見たら1時という悲劇が起きたのです。寝ぼけた頭が事態を把握していく過程で次々に襲ってくる後悔の念…寝る前に勉強をしようなんて思わなければ朝の授業に出られたのに。パソコンで遊んでいなければ昼休みのビラ配りに行けたのに。云々。急いで登校し40分だけ授業に出ましたが、自己嫌悪に忙しくて完全に上の空でした。自分の何が嫌かって、寝坊したことに気づいた瞬間「日記のネタになる」と思ったことです。

26日(木)

 美術部出身の後輩が中心に計画を進めてくれて、今日めでたくロゴが完成を迎えました。ライブの時舞台の幕に貼るのです。今までキャンパスプラザでのライブは黒一色をバックにやっていましたから、かなり華やかに変わることでしょう。つまり今後は「東大落研」を背負ってネタをすることになります。責任重大です。

25日(水)

 前回のNHK連続テレビ小説「純情きらり」は音楽を愛する女性の物語でした。そして、今月から民放でも音大を舞台にしたドラマが始まり、つい感化されています。ピアノが弾きたくて弾きたくてたまらないのです。しかし弾きたいからと言ってホイと買える訳もありませんしね。去年せっかく音楽系サークルに入ったのだから、お洒落な雰囲気が肌に合わないからといってやめるべきではなかったのでしょうか。せめて2回目の集まりに顔を出す勇気があれば、私もお洒落になっていたかも知れません。

24日(火)

 落研のF先輩に「夏休み明けに会った時は可愛くなったなぁと思ったけど、元に戻ったな」という失礼なことを言われました。でも、別に元より悪くなったわけではないのだし、きっと私が「最近面白オーラが無くなりましたね」と言った仕返しなのでそんなに気にしていません。ただし、同期Nの「笑うと美少年度が下がる」発言はひどいと思います。まず、美少年度という尺度で測られなければならない意味が分かりません。しかも人が幸せな気分でいる時の表情を否定するという行為自体許しがたいものでしょう。笑うなって言いたいんですか?そんなの残酷としか言いようがありませんよ。落研みたいな楽しい場所で笑うなだなんて。と、何故かヨイショで終わるのでした。

23日(月)

 趣味で入れた科目がいかに興味深いかについて母親に熱く語りました。マニアックな先生が気ままに語る授業は、生徒も少なく、退屈なものになりがちです。しかし内容がディープなだけで、話がとても聞きやすいのです。つい興奮して、どういったテーマなのか電話で深夜まで長々と説明してしまったのでした。卒業単位に認定されないため誰も一緒に履修してくれませんが、非常に素晴らしい講義であることは間違いありません。たとえ、そう、たとえ一度くらい寝過ごしたとしても。

22日(日)

 固定電話の料金をコンビニに払いに行きました。引き落としにしている人かそもそも契約していない人が大半だと思うのですが、どれくらい滞納すると止められるか知っていますか?水など命に関わるものは相当猶予があるという話ですが、電話はそうでもないので、支払期限を1ヶ月過ぎただけで止められてしまいます。ところが止められても払ったら即座に再開してくれるらしいのです。この優しさは異常だと思いますね。重大な契約違反をしているのだからもう少しくらい罰しても良さそうなものです。命に関わるわけでもなし。まあ私が言うことではありませんが。

21日(土)

 一瞬外の世界に目を向けるだけで、途端に新しい出会いが増えるものです。本来ヒッキーの私も、この夏思い切って中国に行ったことで、随分知人が増えました。中国関係以外でも色々な出会いが多い気がするのは、偶然もありますが、私が視野を広げたからなのだと思います。3年から新しい学部に進むので、あちこちで新歓コンパなども盛んな時期ですしね。そんなわけで、落研現部長にもめでたく春がやってきました。ついに、大学に入って初めて、落研以外の友達ができたそうです。嬉しいですがこれで落研公認のネタがまた一つ減りました。

20日(金)

 今日の部会で一時的に悲惨な心理状態になりました。相方と些細な意見の不一致があり、嫌われたと思い込んでしまったのです。不安な時は、相方と後輩が理系トークをしているのすら辛く感じられます。私は文系なので、実験の話題はさっぱり分かりません。わざと私のついていけない話ばかりしているのかという疑いすら抱いてしまいました。今思えば、私が黙りこんで話に加わろうとしていなかっただけで、ただの被害妄想だったんですけどね。大体、仮に相方が私に腹を立てていたとしても、皆でわいわいやるための部会でそんな幼稚なことをする人のはずがありません。とにかく誤解が解けて万事解決です。私は「元から嫌われている」という疑惑を考慮するほど悲観主義者ではありませんしね。

19日(木)

 つい出来心で、小規模な大掃除をしました。掃除と言うか、基本的にはベッドの足元の片付けです。私のベッドはバランスが悪く、マットレスが足元に突き出しています。その突き出した下につい色んなものを置いてしまうので、時々片付けないとまずいのです。今日そのスペースに置かれた紙袋の中を見てみたところ、中にクッキー缶が入っており、さらにその中に小さなクッキー缶、ではなく、さんまの缶詰とサブレが入っていました。「新学期頑張ってね」という祖母の手紙がそえられていることから考えて、おそらく1年1ケ月前に届いたものでしょう。

18日(水)

 ご存知の方も多いとは思いますが、数年前卒業のOBにNHKのアナウンサーがいらっしゃいます。その方が出ている、と先週母親から電話があり、「今学校だから見られない」と焦る私に「録ってあるから大丈夫」と言ってくれました。しかもDVDに収めてその日のうちに郵送するという驚異的行動に出たのです。そんなわけでMさん、お仕事の様子をついに拝見することが叶いました!読んでくださっていますでしょうか?何しろ東大落研は50年以上の歴史があるので、各方面に50年分のOBがいらっしゃるかと思うと凄いですよね。Mさんをはじめ、皆様のご活躍をお祈りしています。しかし、この親にしてこの子ありと言いますか。母より私の方がNHK好きですが、視聴率は母の方が高いのです(「視聴率」という語の誤用)。

17日(火)

 教師になるつもりはないのに、どうも教壇に立つのに憧れる傾向があります。どうしてか不思議に思っていたのですが、単に講義をピン芸だと思っている節があるせいだと気づきました。ところで授業には、生徒をひきつけるものとそうでないものがあります。そしてそれは、教える内容の面白さや教授の人格の素晴らしさとは必ずしも関係ない気がするのです。一体どこに秘密があるのでしょうか。研究し甲斐がありますよね。お笑いならば、完璧なネタより少々拙いネタの方が研究対象として適しているように思いますが、授業の場合はひきつけられるものを参考資料にして研究することになりそうです。ひきつけられない講義は寝てしまうことが多く、検証しようがありません。

16日(月)

 全く面識のない人が、私達のコンビについて書いているブログを発見してしまいました。本当にさらっと触れていただけなのですが、落研のライブを観てくれた人の記憶に自分達が残っているかと思うと非常にいい気分です。やはりコンビ名がいいからだと思いますね。考案してくれた相方に感謝しつつ、またその方のブログに登場できるように頑張っていきたいです。次は「全然面白くなかった」なんて書かせません。

15日(日)

 M-1グランプリ2006の1回戦に行きました。朝から最後の結果発表までずっといたので、100を優に越える漫才を観たことになりますね。今年から1回戦の時間制限が2分間になり、お笑い界に衝撃が走りましたが、観ているうちにだんだん十分な長さだと感じるようになったのが不思議です。単なる麻痺ではなく、2分間でもちゃんとしたネタができるということを見せつけられたからなのでしょう。とにかく、こんなに長時間生でお笑いを観たのは初めてだったので、本当に充実した一日を過ごすことができました。去年も観に行けばよかったです。あんまり楽しくて、今朝自分達が舞台に上がったことなんてすっかり忘れてしまいました。

14日(土)

 相方とネタ合わせをするはずが、遊びすぎたせいで、疲れてろくにはかどりませんでした。ひょんなことから20分間もアメリカ人ごっこをしてしまったのです。私が「Who stop this conte?(正しい英語ではありません、悪しからず)」と言わなければもっとやりかねませんでした。それにしても、非現実的で幼稚な内容だったにせよ、英語のみで会話を続けられる力が自分にあったことに驚きです。ただし残念なことに、私と主導者だった相方には相当の実力差がありました。他の所はせっかく全部英語だったのに、私が一度誤って乳癌のことをmilk gunと言ってしまったのです。

13日(金)

 部会まで時間があったので、図書館のパソコンから日記を更新することにしました。ところが書きあがった瞬間、下書きが消滅したのです。ちなみに私は「書いた日記が消えちゃって書く気なくした」というウェブ上日記があまり好きではありません。書いた日記が消えてしまったという悲劇に同情を求めるなら、同じ日記を二度書く羽目になった手間を訴えるべきだと思います。書く気をなくした、という一文を読むと、どこかへ消えてしまった日記が心底可哀想になってくるのです。とにかく私は記憶を頼りに完璧に復元することに成功しましたのでご安心ください。まあ、消えた日記は今日の日記ではなくて10日の日記だったんですけどね。最近更新が遅れがちで、実を言うとこの日記も15日に書いてるんです、っておい!本当はいつ書いてるとかそういう記述の方がよっぽど鬱陶しいわ。

12日(木)

 ほぼ一ヶ月前に中国の福建省から日本へ荷物を送ったのが今日ようやく到着しました。なかなか感慨深かったので感想をばいくつか。その①箱が豪快にへしゃげて崩壊寸前。その②税関で勝手に一度開封したらしい。その③箱が猛烈にさかな臭い。その④この猛烈な臭いからして本当に船で運ばれたらしい。その⑤箱の中の荷物から少なからず中国の臭いがする。その⑥中国と日本は海でつながっているのだなぁ。その⑦世界を感じる代償にしては余りにも部屋が干物屋臭くなってしまった。

11日(水)

 時間割を考えるのが大変です。授業と先生の名前しか分からない授業に体当たりで出てみなければならないのには閉口します。授業スタイルくらいはシラバスに載せておいてほしいものです。この間友達に付いて行った授業では、教室にやたら留学生が多く、何故か後ろの席に座った日本人らしき学生まで英語を喋っていました。私と友達が顔を見合わせていると、座りきれずに入口に固まっている生徒の群れを見た先生が「So many students.」と一言。どう見てもネイティブジャパニーズスピーカーなプロフェッサーに背を向け、そそくさと逃げ出してきました。

10日(火)

 ものまねを観ていて、中学生だか高校生の頃初めてものまねを観た時のことを思い出しました。お笑い好きを自称して久しいというのに、今まで人生の大半を無駄にしてきたものだと悲しんだ記憶があります。時たま考えるのですが、お笑い好きはどのように形成されるのでしょうか。誰でも初めは自分がお笑い好きだとは気づきませんが、自覚が芽生えると、意識的にお笑いを観るようになります。「私はお笑い好きなのだからこの番組を観てしかるべきだ」という使命感のようなものに突き動かされたり、お笑い好きなキャラクターを維持するために観るという動機もあり得るでしょう。あげくの果てに自分自身がお笑いをやり始めようものなら、勉強のためという大義名分まで生まれてしまいます。何が言いたいかというと、私はもはや相当に不純な気持ちでお笑いを観ているということです。自分が世の中の平均よりもお笑いを好んでいるなどとは夢にも思わなかった小学生の頃、漫才にはボケ役とツッコミ役がいることを発見して自分が天才だと勘違いしたあの輝かしい日には二度と戻れないのです。そして私がお笑いオタクかどうかという議論に話を広げますが、特定の対象に一定以上(他人が苦笑する程度)の消費活動を継続的に行うというのがオタクの重要な要素ではないでしょうか。一方私は、NHK爆笑オンエアバトルのガイドブックくらいしか買ったことがないし、お笑いライブにもめったに行きません。この程度の消費レベルではオタクだとはとても言えないと思います。そもそもオタクと言えるほど詳しくないですしね。まあ、ケチなオタクであるという説もなきにしもあらずですが。

9日(月)

 美容院で、社会人一年生の美容師さんと少しおしゃべりしました。大学生だと言ったら、うらやましいなと言われたのですが、私はせっかくのモラトリアムを有効に使っているのかどうか非常に疑問です。今しかできないでっかいことをしなければと思いながら、つい老後にすべきようななぐさみごとに熱中してしまったりする毎日。4年では短い気もするけれど、長くなったからといって何もしないだろうという気もします。まぁ、今何をすべきかなんて誰にも分からないわけで、やりたいことをやりたいようにするしかない、それがモラトリアムなのでしょう…と、色々考えるきっかけになりました。とにかくそれなりに今しかできなさそうなこともやりつつ(落研とか)、楽しく過ごしている私は幸せ者だ、とおめでたい結論に至ったのです。そんなわけで今日は、髪を洗いながら話を振ってくる美容師さんに出会いました。シャワーの音で大半が聞き取れなかったのですが言い出せずじまいでした。

8日(日)

 今日は目覚ましもかけていないのに自然に目が覚め、すっきりと朝を迎えることができました。ところが、直前に見ていた気持ち悪い夢のせいで激しく気分を害し、口直しに二度寝せざるを得なかったのです。なんと、母親が思いっきり青春している夢でした。夢の中で私は青くなり、甘酸っぱい恋にうつつを抜かしていないで妻や母としての務めを果たすよう必死に説得を試みていたのです。現実でなくて本当に良かった…しかし、印象が薄れるにつれ、変な夢を見た自分に対して嫌気が増してきました。何故母親が青春する夢なんぞ見たのでしょうか。どうせなら夢の中でくらい、自分が青春すればよかったのに。

7日(土)

 落研有志のコント集団7ph第12回公演「ツール・ド・ラファホリック」が無事終了致しました。いやーコントライブとしても純粋に面白かったのですが、先輩の新しい一面、同期の働きっぷり、そして1年生の頼もしい姿が見られて、一落研部員としても非常に楽しかったです。思えば1年前の第10回公演の時、私(と相方)はまだ裏方専門でした。しかしナナペーハーに触発されて、舞台に立ってみたいという思いを強くし、3週間後初舞台を踏むことになったような気がします。そして一年たった今、改めてお笑いに携わることができる喜びを感じているわけです。ただし、営業先でネタを2回+α飛ばし、やっぱり演者に向いていないのではという疑いが強まっています。

6日(金)

 落研有志のコント集団7ph第12回公演「ツール・ド・ラファホリック」の本番1日目でした。すさまじい嵐の中ご来場くださったお客様、本当にありがとうございました。私は久々に授業に出た後お手伝いに行ったのですが、お客様の傘に貼った目印のビニールテープをはがす以外に役に立ったとは思えません。明日はもっといい天気になりますように。そしてもっと笑い中毒者が増えますように。ついでに、私の傘が直りますように。

5日(木)

 相方と今度営業でやるネタの練習をしながら、夏休み最後の一日を満喫しました。それはそうと、明日から落研有志のコント集団7phの本番なのですが、7phが合宿で国立オリンピック記念青少年総合センターを使ったことをついさっき知りました。7phブログをちゃんとチェックしていなかったせいで気づくのが遅れたのです。オリンピックセンターは私が内閣府中国派遣の研修でお世話になった施設であり、相当に思い出深い場所になりました。2日の日記でも「誰にも分かってもらえない」と思いながら少し触れたのですが、7phの皆さんはひょっとしてオリンピックセンターのベルトコンベアを知っているのではないでしょうか。どうなのでしょうか。と、非常に興奮したものの、どっちにしろベルトコンベア談義で盛り上がってくれる相手がいるとは思えません。

4日(水)

 来年春から進学が内定している文学部某学科のガイダンスがありました。迷路のような建物の中で迷いまくり、他の学科の人に道を聞いたら嘘を教えられ、おまけに爆笑され(迷っていたから笑われたのか、学科を馬鹿にされたのか、私の顔が面白かったのか、気になります)、結局救ってくれたのは警備員の方でした。抜け穴のような通路を抜け、意味不明に設置された仏像を横目に階段を上ってようやく研究室にたどり着きました。かれこれ20分はさまよったでしょうか。確かに高校時代から行きたかった研究室ですが、まさか初めて入るときに涙がにじむとは思いもしませんでした。

3日(火)

 某有名私立大学の友人宅にお世話になった後、授業に潜らせてもらいました。他の大学に潜るのは初めてだったので、さりげない教室設備が非常に気になりましたね。東大の椅子は私が知る限り一人用のものしかなく、後ろの机にくっついているか、最悪の場合隣の椅子にくっついているのが主流です。しかし今日私が座ったのは、クッションつきで、4人でも座れそうな長さの所に2人がけでゆったり座れる長椅子でした。勿論机も広く、自分が普段いかに窮屈な思いをしているか痛感したためか、思わず突っ伏してしまいました。居眠りする分には、どんな椅子でも変わらないようです。

2日(月)

 落研有志のコント集団ナナペーハーのホール入りだったので、お手伝いのため学校に行きました。そんなわけで今日は変貌した駒場キャンパスについて語りたいと思います。今まで工事のために塀に囲まれていた暗い空間が急に開けて、カップルが愛を語りそうな芝生の庭的なものができてしまったのです。庭を囲んで生協や図書館のガラス張りの壁が光り、吹き抜ける風が気分を高揚させます。すっかり「素敵なキャンパスライフが送れそうな」錯覚に陥った私は、相方と早速新しい食堂を利用しました。そこではなんと、使用済みの食器をトレイごと回収するベルトコンベアが導入されていたんですよ。自分の使った食器を自らゆすがなければならなかった旧食堂が今や幻に思えます。皿を差し出したら蛇口から水が出るという、センサーがついているのが不思議だったあの汚い流し台、私は忘れませんけどね。とにかく21世紀はベルトコンベアの時代ですよ。ようやく東大駒場生協食堂もオリンピックセンターやNHK職員食堂の水準に追いつきました。あ、例えがマニアックすぎる。

1日(日)

 魔法使いの話をずっと読んでいたため、時間割を決めようと授業紹介を読んでいても、「薬学」が「魔法薬学」に見えてしまいます。しかし学習意欲が驚く程高まっているのはいいことかも知れません。本でもテレビでも、頑張っている人を見ると自分もやる気が沸いてくるもの。受験期にアテネオリンピックに励まされた思い出がよみがえります。とにかくこのままでは、10月病(4月病と同じ症状)とあいまって、私の今期の時間割はぎゅうぎゅうになってしまうでしょう。そして来月、駒場祭準備の忙しさとあいまって、11月病(5月病と同じ症状)にかかるに違いありません。

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