後藤日記
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5日(火)
そろそろ新管理人内藤君の日記が始まるので、後藤日記も今日でおしまいです。最後は自己紹介で美しく終わりたいと思います。1年間ありがとうございました。
名前:後藤 太眞子
年齢:20歳
性別:女
出身:広島市
座右の銘:病は気から、出物腫れ物所嫌わず
…やはりこれじゃ終われませんね。
というわけで、ひこさん。1年間部長お疲れ様。あまりにしっかり者すぎて時々聖徳太子みたいでした。打ち上げの後言ってた通り、これからも落研をがっちりつかんで離さないでね。几帳面なたっちゃん。部室神としての部室の整頓清掃を含めたら、実は一番の仕事量だったのかも?ひこさんを陰で支える素晴らしい副部長でした。お疲れ様。これからはちょっとぐらい汚す方に回りなよ。そして相方!会計・打ち上げ幹事の仕事もですが、スタッフの統率本当にお疲れ様。アンケートに「受付の対応がよかった」って書いてくれた人がいたのは相方のおかげだよ。コンビとしての活動、これからもよろしくお願いします。その他、執行部を支えてくれた同期の皆さん、先輩方、後輩達、サイト移転にご尽力いただいた初代管理人の松岡さんをはじめOBOGの方々、本当にありがとうございました。私が帰省や渡中で間がボコボコ抜けながらとはいえ、1年間HPを守ることができたのも、あらゆる人に温かい目で見守られていたからです。別名3T(たまってる・つまんない・とんでもない)日記を一度でも読んでくださった全ての皆さんに、心から御礼申し上げます。最後に…忘れてはいけない、私をHP管理人にして下さった先代の17年度執行部へひとこと。「実に正しい選択をしましたね」。いえいえ、もとい「充実した1年間をありがとうございました」。
それでは、またどこかでお会いしましょう。
4日(月)
警察署からモーニングコールがありました。起こしてくれと頼んだ覚えはないし、先方にもそのつもりはなかったようですが、電話の音で目が覚めたんです。小泉さんですか、と聞かれたので否定し、番号を読み上げられたので「番号自体違います」と毅然とした態度で答えたところ、すぐに話は終わりました。しかしあとで落ち着いて考えたら、うちの番号を読み上げていたような気がしてきたんです。一体誰ですか小泉って。おかげで寝ぼけていたとはいえ警察に嘘ついちゃったじゃないですか。あーあ、だから固定電話なんかいらないって言ったのに。私が親なら、娘が職務執行妨害するより携帯でしか連絡がつかない方を選びます。
3日(日)
駒場小空間に劇を観に行きました。駒場演劇史上初めての3階建て+回転式舞台だったんですよ。めちゃくちゃテンション上がりました。それがどうしたと思った方がいらっしゃるかも知れませんが、プロの舞台装置と一緒にされては困ります。真剣に演劇をやっているとはいえ、作ったのはごく普通の大学生なわけですよ。それが3階建てなんですよ。場面転換で回転するんですよ。凄いでしょう!?3階部分がぐらぐら揺れてるし、ミシミシいうし、扉のたてつけは悪そうだし、どこまでわざとなのか分かりませんが、危なっかしくてスリル満点ったらありませんでした。舞台の安全性以外は不安のない面白い作品だったんですけどね。
2日(土)
今日の昼、3口に分けて牡蠣フライを1個食べました。実は幼い頃、私は牡蠣フライ大好きキャラで通っており、「カキフライたべたい!」「ごめんね、今は夏だから牡蠣は食べられないんだよ、ははは」という微笑ましい光景が繰り広げられていたものです。しかしその数年後私は牡蠣と決別し、牡蠣を食べ(られ)ない広島人として生きてきました。そんなわけで約10年ぶりに口にした牡蠣の味は格別でしたが、潜伏期間を経て数日後にお腹を壊すのではないかとびくびくしています。また当たるかも、いう不安から食欲が減退し、2口目はまだ何とかなりましたが、3口目は無理やり飲み込んだ感じでしたね。水で必死に口直しをしたものの、食後しばらくは気分が沈みこんでしまいました。また気持ちよく牡蠣が食べられる日まで一体何年リハビリが必要なのでしょうか。
1日(金)
落研内に「筋トレ軍団」が発足しました。企画自体は少し前からあったのですが、本日の新執行下初部会で本格的に始動したのです。軍団員は落研の活動とは別に集まって筋トレをすることになります。どうやらシェイプアップのために運動したいという女子部員の願望を利用して訓練させ、格闘技オタク集団に引き入れようという事情もあるようですね。格闘技に引き入れる真意も含め、誰もが何だかよく分からないうちに話がまとまってしまったこの企画、今後どうなるか分かりませんが、楽しそうなのでとりあえず参加しておこうと思います。
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30日(木)
ここのところHPの引継ぎに向けた作業で夜更かししています。深夜に始めているだけでそう時間を割いているわけでもないのですが。そんなわけで朝方寝るので、それなりに疲れも溜まっているのか昼まで起きられません。眠りが浅いらしくしっかり夢も見ます。夢って、さらっと見てすんなり忘れられた方が絶対いいですよね。今朝は目が覚めるにつれて、ついさっきまで見ていた夢に自分の欲望があからさまに投影されていたことを自覚し、大赤面しました。この間愉快な夢を見た時も、目が覚めた瞬間自分が笑っていることに気づくという、余り笑えない事態でした。
29日(水)
入浴しながらネタやレポートの構想を練ろうと思っても、お風呂に入るとどうしても余計なことを考えてしまいます。それも、必ずシャンプーとリンスを同時に使い切る方法について考えてしまうんです。だって、絶対横線が入った方が先になくなるじゃないですか。あ、シャンプーのボトルには触っただけでリンスと区別がつくように横線が入ってるって知ってました?すみません、ひょっとして今まで知らずにいた人が驚くのではないかと、ついちょっとした知識をひけらかしてしまいました。
28日(火)
今日は家庭教師第2回目でした。少しだけ生徒を笑わせることに成功したし、初回を思えばなかなか健闘したと思います。いやー、小三男児との触れ合いは本当に新鮮です。時々恐ろしい程ませた発言をしたりしますね。「学校でテレビ見る時、一瞬でも民放が映るとなんかすごい盛り上がるよね」と言った時は凍りつきました。すぐにテレビの受け売りだと判明し、胸をなでおろしたものの、某民放お笑いバラエティー番組の影響力に改めて驚愕した次第です。
27日(月)
落研ライブの度に相方の所にお世話になります。打ち上げに最後まで残ると自分の部屋に帰れなくなってしまうからです。1年生一同からの花束、先輩からもらったお菓子と本を抱え、今朝自宅へ帰りました。せっかく立派なお花をもらったのですから、できるだけ長持ちさせたいものです。花瓶がないので帰る途中にバケツを買って代用したのですが、他の皆はどうしたか気になっています。相方の花束には今回のネタで使った小道具も記念に添えてきたのですが、それをちゃんと活かして生けてくれたでしょうか。「妙にリアルだから遺言なんか置かないで」と言っていたし、多分もう捨ててしまったと思いますけど。
26日(日)
駒場寄席終了です!寒い中たくさんのご来場をいただき誠にありがとうございました。おかげさまで駒場祭グランプリ3位受賞です。何だかあっという間に3日間が過ぎた気がしますが、執行部だった1年間は決して短くありませんでした。先輩方にどれだけ迷惑をかけたことか、それでいてどれほど楽しかったことか。執行部交代の挨拶で伝えたいことが山ほどあったのに、何故私の喉はあんなに潰れてしまったのでしょうか。昨日からかすれ始めた私の声は、打ち上げが終わる頃にはほぼ完全に息になっていました。そのため挨拶は声が出ないことによるハプニング的な笑いに助けられたかたちとなり、他にネタを仕込んでいたわけでもないのに何だか悔しかったです。
25日(土)
駒場寄席2日目、午前から大入りで、午後は会場整理が追いつかない程の大盛況でした。明日もどうぞよろしくお願いします!
24日(金)
実に腹が立ちます。録画に失敗した自分に対して。私がNHKの編成だったら、絶対爆笑オンエアバトルの後に国会中継の録画を組むんですけど、そこはやはり、こまめに番組表をチェックしなかった私が悪いんです。3組目の途中でネタが切れるなんて本当に残念でたまりません。しかし今日はビデオ係の時、駒場寄席を客席でたっぷり楽しめたので、よしとしましょう。そういえばそっちの撮影も失敗した気がしますが、先輩が許してくれたのでよしとしましょう。
23日(木)
駒場祭の前日だからという理由で午後から授業が休みになると、嬉しくてお祭りの高揚感がアップします。ところが、今日はもともと祝日なので、いまいち気分が乗りませんでした。そのおかげか、漫才のネタあわせでもテンションが上がらず、最悪なムードでしたね。外しか場所がないし、寒いし、暗いし、雨は降り出すし、という泣きっ面に蜂的な環境で、実際私が泣き出して相方を困らせてしまいました。しかし、私がたまによく分からない文脈で泣くことにも相方は少し慣れてくれたようです。最後は相方に励まされ、気持ちよく家路につきました。
22日(水)
駒場祭まであと2日。執行部交代ももうすぐかと思うと名残惜しく、私の中で今空前の落研ブームが起こっています。授業はめったなことがない限り出席する主義のはずなのですが、昨日は部室にいるのが楽しすぎて2コマ行きそびれたし、今日はネタあわせのために1コマ斬ってしまいました。そんなわけで昼休みも嬉々として立て看を運ぼうとしたのですが(結局部長が運んでくれたのですが)、危うくすいばりが立ちそうになりました。はい、久々にやって参りました広島弁講座です。広島では木などのとげが刺さることを「すいばりがたつ」、「すいばりがささる」という風に言います。山口や北九州でも通じるようですが、代表的な安芸弁と言って差し支えないでしょう。柱や桟、木材を触っていてチクッとしたらそれはすいばりです。断じてとげではありません。おそらく自分の指に刺さっているものの材質が木だという確信があればすいばり、なければとげな気がするのですが、念のためお近くの広島人にご確認ください。
広島弁講座 第8回(全8回)~語彙編その3~
21日(火)
携帯を携帯せずに登校してしまいました。思えば先週の火曜も携帯と腕時計を忘れて家を出てしまったので、一日気が気でなかったんです。しかし帰って見てみたらメーリス一通(しかも「アドレス変えました」という内容)しか来ていませんでした。なので、今日再び携帯を忘れても全く気にならず、むしろしがらみにとらわれない楽しい一日を過ごしました。そしてすがすがしい気持ちで帰宅したところ、今日は割とたくさん受信していたのです。返信が必要な何通かに加え、何と先輩からの代返依頼まで来ていたので、青くなりつつもありがちな展開に笑いました。
20日(月)
東大落研は現在実質35~40人位の集団ですが、その中でいくつかの軍団を形成しており、落研の活動とは別に軍団長主催の企画があったりします。しかし、特に仲がいい人が集まっているだけで、ちっとも対立していないのでちょっと残念です。ノリツッコミを禁止する軍団とシュールボケを信条とする軍団の抗争が出オチをめぐって激化してあるあるネタで決戦とかすればいいのに。
19日(日)
相方と後輩と3人でご飯を食べていたら、「ホウトン!」という声がしたので、顔を上げると知り合いが手を振っていました。変な声のかけ方をしないでくれとつい声を荒げてしまったのですが、相方に言わせれば、後藤の中国語読みで呼ばれて気づく私もおかしいとのことです。確かに一理ありますが、私は誰かが自分を呼んでいることを感じ取って顔を上げただけかも知れません。名前を呼ばれなくても声をかけられて振り向くことはよくあります。「そこのお姉さん」もそうですし、考えればいくらでも出てきそうです。「あのー」、「何見てんだよ」、「すみません」、「おい」、「これ落としましたよ」、「お、本当だ」、「どうぞ」、「兄ちゃんありがとな」、「どういたしまして」、「あばよ」。以上、腰の低い青年と財布を落としたチンピラのミニ人情劇でした。
18日(土)
不二家カステーラさんがラジオに電話出演しました。私の知る限り、落研部員のラジオ出演は今年に入って2回目(ネットラジオを除く)。ありがたいことです。どこかで宣伝効果が現れるかも知れないので楽しみにしています。ところで宣伝といえばCMですが、私はラジオにもCMがあることを中学生になるまで知りませんでした。つまり、それまでNHKラジオしか聞いたことがなかったわけです。大学生になった今でもラジオに縁が薄いところがありますが、音楽をあまり聴かないせいなのでしょうか。今もミュージカルのCDをかけていますし、音楽は好きなはずなんですけどね。思い入れのある曲を聴いたり歌ったり弾いたりするだけで、わざわざ同じアーティストの別の曲を聴いてみようとか、聞いたことのない曲のCDを借りてみようとは全然思わないのです。例えて言うなら、友達に紹介してもらって何となく、とかいうのではなく、運命的に知り合って恋に落ちたいタイプなんですね。いや、この例えはよくありません。この例えでいくと、「映画版サントラでは飽き足らずブロードウェイキャスト版に手を出した」=「家庭教師先の生徒と不適切な関係になった挙句その母親と不倫する」な気がします。
17日(金)
今日は平成18年度執行代での最後の部会でした。そして非常にありがたいことに、誕生日を祝っていただいたのです。まさかプレゼントまでもらえるとは!皆さんがそんなに私の目を心配してくれていたなんて知りませんでした。リアクションしづらいったらありませんでしたが、本当に嬉しかったです。きっとこの先の人生、アイプチを贈られる機会など二度とないでしょう。美女でなくてよかったと心から思った二十歳の夜でした。
16日(木)
来春進学する学科の新歓コンパがありました。楽しかったし知り合いも増えたし、ネタあわせをつぶして参加しただけの価値があったと思います。しかし、向かいの同級生の会話が変に知的過ぎてついていけなかったのは悲しかったです。そして、適当にふった話題に先輩が妙に食いつき過ぎて非常に後悔しました。おまけに、横に座った教授の「すべらない話」クオリティがやけに高過ぎるなど、細かい部分は今ひとつでした。
15日(水)
祖父の一周忌でした。3日前にも、1人のお笑い芸人さんが急死されましたね。ご冥福をお祈りいたします。やはり人は自分の死に方を選べない、いや、選んではいけないのだと思いました。私は願わくば笑い死にしたいのですが、そんな願いは叶わないし、つまるところ窒息死だと考えると嫌です。人はどう生きるかという選択しかできないのでしょうね。そんなことを考えながら小3生のお宅へ初めての家庭教師に行き、自分がどう生きるかもなかなか思い通りにならないことを実感したのではありますが。突然津波が押し寄せてきたり、何が起こるか分からないのが人生です。そういえば自分の小3の頃ってどんなだったかなと思い返したのですが、まさに小3の年の11月15日、曾祖母が他界したのでした。ああ、書きたいことを全部盛り込もうとしたら変な文章になりました。ところで今のような一文(「書きたいことを~」)をメタ情報と言うらしいですね。情報がどういう意味を持つか示す情報=メタ情報なのだそうです。つまりメタ情報がどういう意味を持つか説明する情報はメタメタ情報ということになります。そうするとメタメタメタメタ情報と言うのは、メタメタ情報がどういう意味を持つかということを説明しようとしたひどい文章、つまり本日の日記のことです。
14日(火)
どうやら買い物で気を紛らわす癖があり、将来が不安です。今のところ100円ショップで事足りているので大丈夫なんですけどね。それにしても自分が何を買ったか分からなくなって困っています。レシートに記載された点数と記憶が一致しないんです。一体何を買ったのでしょうか。気になって仕方がないので、是非皆さんに協力していただきたいです。私が何を買って忘れているのか、当ててくださった方にはお礼を致します。景品としてリモコンスタンドを差し上げ…あ、そうかリモコンスタンドか。ありがとうございました。
13日(月)
駒場祭で5人のコントをやるので、練習のために集まりました。全員では集まれなかったものの、だんだん形になってきたように思います。やっていてすごく楽しいのですが、惜しむらくはろくにコントをやったことのない私と相方が仕切っていることですね。後輩に引っ張ってもらっているどころか、練習を妨害してしまっています。2人でかつてやったアメリカ人ごっこを再現している時など、後輩の顔に後悔の色がうかがえました。
12日(日)
そろそろ手帳を買い換える季節です。今年は機能性を重視しすぎて笑いを誘うような手帳を使っていたので、次はデザイン性の高い手帳を買うことに決めていました。ところが文房具屋で物色していると、どうも「外見はまあまあだけれども中身が今年と同じ」手帳に目が止まってしまうのです。元来優柔不断ですし、かなり苦戦しましたね。相当時間をかけつつ何とか外も中も可愛い手帳を購入しました。決め手になったのは何かと言うと、月間スケジュールページのイラストが面白くて思わずにやっとしたからです。ああ、結局そういう基準か。
11(土)
落研OBや先輩と絡む機会が非常に多い日でした。ところで「あいうえお いうえおあ うえおあい えおあいう おあいうえ」という発声訓練を久しぶりにやったのですが、去年のスポ身(体育)の思い出がよみがえってきました。更衣室で別のクラスの人達が話していて、会話の中で件の訓練に触れたんです。私はその人と一度も話したことがないのに突然歩み寄り、「それ、私の母校では『ダニエル』って呼ばれてるんだけど、そういう風に呼んでましたか?何で『ダニエル』なのか知りませんか?」と聞きました。周囲(特に私のクラスメート)のドン引きっぷりがトラウマですが、いまだに謎は解明されないままです。誰か誰か知りませんか。
10日(金)
今日の部会は駒場寄席出演希望締切でした(もう再来週だもんね)。色々決めることがあったのですが(大喜利の分担とかね)、エントリーが終わるまでは暇だったので(これが意外と時間とるんだ)、その間新入部員歓迎の意味を込めて女子部員であいうえお作文をやることになりました(どういう流れだよ)。勿論「素敵な芸人の名前」縛りです(勿論の意味が分からないよ)。こんな遊びが「余計な芸人の名前ばっかり浮かんできちゃう」と言いながら成立するあたり(な行で時間切れだったけどね)、落研はとてもいい所です(いや、ちょっと変だろ)。
9日(木)
ちょっと前まで「電車の中でメールをする若者」への非難がよく聞かれました。最近は若者に限らなくなってきて、「人と何とかして繋がろう」とする寂しい現代人の特質だ、とか言いますよね。私も現代人のうちの一人なので、電車の中ではたいてい携帯をいじっています。しかし誰かにメールを送るというよりは、自分が送信したメールをうっとりと読み返していることが多いです。これは欠かさず行う日課なのですが、現代人の特質かどうかは別として相当寂しいですね。
8日(水)
幸運にもチケットを入手したので、能楽を鑑賞してきました。私は文化的なものに触れて自らを養い、日本文化の理解を深めたいという向学心旺盛な人間なのです。しかし、その向学心と「なかなか観られるものではない」という貧乏性だけが私の味方でした。体力と集中力が結託して私を裏切った、というか要するに、日頃の行いからして当然といえば当然ですが、途中で意識不明におちいったのです。笑かそうとしているとしか思えないスローモーションにも、フィーリングでやっているとしか思えない鼓のリピートにも、きっと深い意味があるのでしょうが、ちゃんと調べて理解する努力をするほどの向学心は残念ながら持ち合わせておりません。
7日(火)
強いメッセージ性をもった言葉に感銘を受ける体験というのは、そう頻繁にあるものでもありません。しかし、時に思わぬところでそんな言葉に出会うこともあります。授業中、友人に促されて机を見たら、大きな落書きが残されていました。講義の内容だったのか考え事だったのか、何者がどういうつもりで書いたのか、それは分かりません。しかしあまりにも自信に満ちあふれた字で「ネッシーはいてる」と書いてあったので、多分ほんまにネッシーがいてたんやと思います。
6日(月)
非常持出袋に入れていたカンパンの賞味期限が切れたので、新しいものを買って来て古い方を食べてしまうことにしました。そんなわけでしばらく主食兼間食にしていたのですが、今朝驚くべきことが起きたのです。りんごジュースとカンパンをたっぷり食べて登校したのに、2限の中盤、教室中に響き渡らんばかりの大声で腹の虫が鳴きました。隣に座っていた友人もさぞ気まずかったことでしょう。カンパンが非常時の食糧に向いているのかどうか不安になってきました。
5日(日)
ここのところ仕事がはかどらないのは、どう考えても先週観たミュージカル映画に侵されているせいです。人と話しながらも頭の中に曲が再生され、うっかり口ずさみそうになるし、座れば無意識にステップを踏んでしまいます。過去にもこういうことがよくあり、中2時代などはプライベートのほぼ全てをミュージカルナンバーの熱唱に費やしたものですが、今回はかなりたちが悪いです。問題の作品がポピュラーであるばかりでなく、世界有数の消費都市に暮らしているという環境が手伝い、サウンドトラックとDVDを一度に購入してしまいました。もはや生理的欲求のようなもので、饅頭を食べた人がお茶を飲むのと同じ原理です。ああ、今度はブロードウェイキャスト版のCDが恐い。
4日(土)
駒場祭のネタの準備やHP引継ぎの準備や個人的に溜め込んだ手紙・メールの返事、掃除洗濯、さらに学校の予復習など色々な仕事を片付けるため、遊びに出かけるのを諦めました。友人の大学祭等、色々行きたい所はあったのですが、仕方ありません。我慢した甲斐あって、「はかどらないものははかどらない」という定理を改めて証明することができ、新しいお弁当屋さんを発見するという成果があがりました。
3日(金)
久々の休日のおかげで生活改善に成功しました。夕食後すぐ寝て夜中に起き、朝まで粘って少し仮眠して登校などという不健康なリズムとはもうおさらばです。夕食後に寝なくても午前3時半まで起きていられる模範的な宵っぱりになりました。
2日(木)
4人しかいない授業が自然休講になったのですが、生徒に一体感がある素晴らしいクラスなので、ジャワ語講座が自主開講されました。その他英語、中国語、韓国朝鮮語に大分弁、広島弁までが飛び交い、先生が体調を崩したのではないかと心配しつつも、楽しい90分でしたね。ドイツ語にトルコ語、モンゴル語までも話題に上った気がします。しかし、確かに異常な空間ではあったかも知れませんが、履修者のバランスは抜群なのです。1人は文系、1人は理系、1人は女子、1人は留学生。実に東京大学の縮図のような言語オタク集団でした。
1日(水)
先輩の実験の被験者になり、授業に出て、就職情報セミナーに突撃という有意義な1日でした。私は早くて来年就活をすることになりますが、入社試験で英語が必要なことに今気づいてよかったです。今学期の必修が終わったら一生勉強しなくていいのかと勘違いしていました。危ない、危ない。最近語学の勉強がおろそかになっているので、心を入れ替える契機になりました。4限の韓国朝鮮語でも先生に怒られましたしね。先生が好きで1年の頭からずっと続けて履修しているのですが、ついに初めて怒られたんです。何かしらネタをみつけては生徒を叩くのが大好きな先生なのに、私は今まで一度も怒られたことがありませんでした。「あなたは3分31秒(寝ていた)!」と指差された時どれだけ心踊る気持ちがしたか、きっと誰にも分からないでしょう。
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31日(火)
そろそろこの日記も終わりが近づいてきて、今のうちに書きたいことは全部書いてしまわなければという気がしています。そんなわけで今日は「お菓子を作りました」という可愛い日記に挑戦してみましょう。
今日はバナナケーキを作りました。道具で足りなかったのはふるいや泡だて器。材料で足りなかったものは卵とバニラエッセンス。私に足りなかったのは知識と才能です。でも、あるもので済ませるのも大切なことなので、母親の不完全な記憶によるレシピを頼りに完全な目分量で作ってみました。すると、初挑戦にしては上出来なものが完成したのですが、母が「バター」と言い忘れたことに驚くべきか、私がケーキにバターを入れることすら知らないことに驚くべきか、バターの入っていないケーキの苦さに驚くべきか、バターを塗って食べた時のおいしさに驚くべきか、驚くべき点が多すぎて悩むところです。しかしおそらく、この日記が可愛くならなかったことには誰も驚かないでしょう。
30日(月)
最近、夕食後すぐ寝て夜中に起きて朝方少し寝て登校というリズムが身についてしまったので、健康的な生活に改善しようと思います。そのためにまず、日付が変わってからものを食べないというルールを作りました。そうすれば胃腸と肌に優しいし、早寝も促進されるだろうというわけです。しかしまだ始めたばかりなので空腹と戦いながら朝方までねばってしまいます。しかも、学校へ行くまでに仮眠はとれても朝食をとる暇はありません。今朝の授業中、恥ずかしいことにお腹がいびきをかいてしまいました。
29日(日)
古い映画を安く2本立てで観られる映画館に行きました。コメディ映画と悲しい映画だったのですが、どちらも素晴らしく、誘ってくれた友人も非常に感動した様子でした。ただ帰宅後パンフレットを読んで驚いたのは、コメディ映画の方が「おバカすぎて気持ちいい」と評されていたことです。私はそう読むまで、おバカな映画であることに全く気づいていませんでした。ひょっとしてこれは、ニンニクを食べた人同士だと臭くないのに似た現象でしょうか。
28日(土)
学友のバイオリンを聴きにライブバーへ行きました。勉強はできるわバイオリンはうまいわ、多才な人というのはうらやましいですね。しかし「何でもできる」人は「何でもできる」人で悩むものだとも聞きます。多分、色んなことができすぎて、自分に一貫性を見出せなくなるんじゃないでしょうか。私は少才なので、最近自分の興味に一貫性を見出すことに成功しました。お笑いを好み、タイムトラベルものに目がなく、言語を扱う学問に関心があるという3つの面が共通性を持っていることに気づいたのです。しかし一度あたったからと言って自分が牡蠣アレルギーだと決め込むのはいささか乱暴で、それからの人生で全く牡蠣を食べないなんて余りに勿体ない話です。せっかく広島出身なのだから今度思い切って食べたいと思います。ああでも、万が一本当にアレルギーだったとして、落研日記に書いたばっかりに、牡蠣を盛られて暗殺されたらどうしよう。いや大丈夫、私が暗殺される程の人物であるはずがありません。とりあえず例え話の才能はなさそうですし。
27日(金)
秋風寄席は無事終了致しました。ご来場くださったお客様に御礼申し上げます。しかし私の一日はちっとも無事ではありませんでした。朝起きて時計を見たら1時という悲劇が起きたのです。寝ぼけた頭が事態を把握していく過程で次々に襲ってくる後悔の念…寝る前に勉強をしようなんて思わなければ朝の授業に出られたのに。パソコンで遊んでいなければ昼休みのビラ配りに行けたのに。云々。急いで登校し40分だけ授業に出ましたが、自己嫌悪に忙しくて完全に上の空でした。自分の何が嫌かって、寝坊したことに気づいた瞬間「日記のネタになる」と思ったことです。
26日(木)
美術部出身の後輩が中心に計画を進めてくれて、今日めでたくロゴが完成を迎えました。ライブの時舞台の幕に貼るのです。今までキャンパスプラザでのライブは黒一色をバックにやっていましたから、かなり華やかに変わることでしょう。つまり今後は「東大落研」を背負ってネタをすることになります。責任重大です。
25日(水)
前回のNHK連続テレビ小説「純情きらり」は音楽を愛する女性の物語でした。そして、今月から民放でも音大を舞台にしたドラマが始まり、つい感化されています。ピアノが弾きたくて弾きたくてたまらないのです。しかし弾きたいからと言ってホイと買える訳もありませんしね。去年せっかく音楽系サークルに入ったのだから、お洒落な雰囲気が肌に合わないからといってやめるべきではなかったのでしょうか。せめて2回目の集まりに顔を出す勇気があれば、私もお洒落になっていたかも知れません。
24日(火)
落研のF先輩に「夏休み明けに会った時は可愛くなったなぁと思ったけど、元に戻ったな」という失礼なことを言われました。でも、別に元より悪くなったわけではないのだし、きっと私が「最近面白オーラが無くなりましたね」と言った仕返しなのでそんなに気にしていません。ただし、同期Nの「笑うと美少年度が下がる」発言はひどいと思います。まず、美少年度という尺度で測られなければならない意味が分かりません。しかも人が幸せな気分でいる時の表情を否定するという行為自体許しがたいものでしょう。笑うなって言いたいんですか?そんなの残酷としか言いようがありませんよ。落研みたいな楽しい場所で笑うなだなんて。と、何故かヨイショで終わるのでした。
23日(月)
趣味で入れた科目がいかに興味深いかについて母親に熱く語りました。マニアックな先生が気ままに語る授業は、生徒も少なく、退屈なものになりがちです。しかし内容がディープなだけで、話がとても聞きやすいのです。つい興奮して、どういったテーマなのか電話で深夜まで長々と説明してしまったのでした。卒業単位に認定されないため誰も一緒に履修してくれませんが、非常に素晴らしい講義であることは間違いありません。たとえ、そう、たとえ一度くらい寝過ごしたとしても。
22日(日)
固定電話の料金をコンビニに払いに行きました。引き落としにしている人かそもそも契約していない人が大半だと思うのですが、どれくらい滞納すると止められるか知っていますか?水など命に関わるものは相当猶予があるという話ですが、電話はそうでもないので、支払期限を1ヶ月過ぎただけで止められてしまいます。ところが止められても払ったら即座に再開してくれるらしいのです。この優しさは異常だと思いますね。重大な契約違反をしているのだからもう少しくらい罰しても良さそうなものです。命に関わるわけでもなし。まあ私が言うことではありませんが。
21日(土)
一瞬外の世界に目を向けるだけで、途端に新しい出会いが増えるものです。本来ヒッキーの私も、この夏思い切って中国に行ったことで、随分知人が増えました。中国関係以外でも色々な出会いが多い気がするのは、偶然もありますが、私が視野を広げたからなのだと思います。3年から新しい学部に進むので、あちこちで新歓コンパなども盛んな時期ですしね。そんなわけで、落研現部長にもめでたく春がやってきました。ついに、大学に入って初めて、落研以外の友達ができたそうです。嬉しいですがこれで落研公認のネタがまた一つ減りました。
20日(金)
今日の部会で一時的に悲惨な心理状態になりました。相方と些細な意見の不一致があり、嫌われたと思い込んでしまったのです。不安な時は、相方と後輩が理系トークをしているのすら辛く感じられます。私は文系なので、実験の話題はさっぱり分かりません。わざと私のついていけない話ばかりしているのかという疑いすら抱いてしまいました。今思えば、私が黙りこんで話に加わろうとしていなかっただけで、ただの被害妄想だったんですけどね。大体、仮に相方が私に腹を立てていたとしても、皆でわいわいやるための部会でそんな幼稚なことをする人のはずがありません。とにかく誤解が解けて万事解決です。私は「元から嫌われている」という疑惑を考慮するほど悲観主義者ではありませんしね。
19日(木)
つい出来心で、小規模な大掃除をしました。掃除と言うか、基本的にはベッドの足元の片付けです。私のベッドはバランスが悪く、マットレスが足元に突き出しています。その突き出した下につい色んなものを置いてしまうので、時々片付けないとまずいのです。今日そのスペースに置かれた紙袋の中を見てみたところ、中にクッキー缶が入っており、さらにその中に小さなクッキー缶、ではなく、さんまの缶詰とサブレが入っていました。「新学期頑張ってね」という祖母の手紙がそえられていることから考えて、おそらく1年1ケ月前に届いたものでしょう。
18日(水)
ご存知の方も多いとは思いますが、数年前卒業のOBにNHKのアナウンサーがいらっしゃいます。その方が出ている、と先週母親から電話があり、「今学校だから見られない」と焦る私に「録ってあるから大丈夫」と言ってくれました。しかもDVDに収めてその日のうちに郵送するという驚異的行動に出たのです。そんなわけでMさん、お仕事の様子をついに拝見することが叶いました!読んでくださっていますでしょうか?何しろ東大落研は50年以上の歴史があるので、各方面に50年分のOBがいらっしゃるかと思うと凄いですよね。Mさんをはじめ、皆様のご活躍をお祈りしています。しかし、この親にしてこの子ありと言いますか。母より私の方がNHK好きですが、視聴率は母の方が高いのです(「視聴率」という語の誤用)。
17日(火)
教師になるつもりはないのに、どうも教壇に立つのに憧れる傾向があります。どうしてか不思議に思っていたのですが、単に講義をピン芸だと思っている節があるせいだと気づきました。ところで授業には、生徒をひきつけるものとそうでないものがあります。そしてそれは、教える内容の面白さや教授の人格の素晴らしさとは必ずしも関係ない気がするのです。一体どこに秘密があるのでしょうか。研究し甲斐がありますよね。お笑いならば、完璧なネタより少々拙いネタの方が研究対象として適しているように思いますが、授業の場合はひきつけられるものを参考資料にして研究することになりそうです。ひきつけられない講義は寝てしまうことが多く、検証しようがありません。
16日(月)
全く面識のない人が、私達のコンビについて書いているブログを発見してしまいました。本当にさらっと触れていただけなのですが、落研のライブを観てくれた人の記憶に自分達が残っているかと思うと非常にいい気分です。やはりコンビ名がいいからだと思いますね。考案してくれた相方に感謝しつつ、またその方のブログに登場できるように頑張っていきたいです。次は「全然面白くなかった」なんて書かせません。
15日(日)
M-1グランプリ2006の1回戦に行きました。朝から最後の結果発表までずっといたので、100を優に越える漫才を観たことになりますね。今年から1回戦の時間制限が2分間になり、お笑い界に衝撃が走りましたが、観ているうちにだんだん十分な長さだと感じるようになったのが不思議です。単なる麻痺ではなく、2分間でもちゃんとしたネタができるということを見せつけられたからなのでしょう。とにかく、こんなに長時間生でお笑いを観たのは初めてだったので、本当に充実した一日を過ごすことができました。去年も観に行けばよかったです。あんまり楽しくて、今朝自分達が舞台に上がったことなんてすっかり忘れてしまいました。
14日(土)
相方とネタ合わせをするはずが、遊びすぎたせいで、疲れてろくにはかどりませんでした。ひょんなことから20分間もアメリカ人ごっこをしてしまったのです。私が「Who stop this conte?(正しい英語ではありません、悪しからず)」と言わなければもっとやりかねませんでした。それにしても、非現実的で幼稚な内容だったにせよ、英語のみで会話を続けられる力が自分にあったことに驚きです。ただし残念なことに、私と主導者だった相方には相当の実力差がありました。他の所はせっかく全部英語だったのに、私が一度誤って乳癌のことをmilk gunと言ってしまったのです。
13日(金)
部会まで時間があったので、図書館のパソコンから日記を更新することにしました。ところが書きあがった瞬間、下書きが消滅したのです。ちなみに私は「書いた日記が消えちゃって書く気なくした」というウェブ上日記があまり好きではありません。書いた日記が消えてしまったという悲劇に同情を求めるなら、同じ日記を二度書く羽目になった手間を訴えるべきだと思います。書く気をなくした、という一文を読むと、どこかへ消えてしまった日記が心底可哀想になってくるのです。とにかく私は記憶を頼りに完璧に復元することに成功しましたのでご安心ください。まあ、消えた日記は今日の日記ではなくて10日の日記だったんですけどね。最近更新が遅れがちで、実を言うとこの日記も15日に書いてるんです、っておい!本当はいつ書いてるとかそういう記述の方がよっぽど鬱陶しいわ。
12日(木)
ほぼ一ヶ月前に中国の福建省から日本へ荷物を送ったのが今日ようやく到着しました。なかなか感慨深かったので感想をばいくつか。その①箱が豪快にへしゃげて崩壊寸前。その②税関で勝手に一度開封したらしい。その③箱が猛烈にさかな臭い。その④この猛烈な臭いからして本当に船で運ばれたらしい。その⑤箱の中の荷物から少なからず中国の臭いがする。その⑥中国と日本は海でつながっているのだなぁ。その⑦世界を感じる代償にしては余りにも部屋が干物屋臭くなってしまった。
11日(水)
時間割を考えるのが大変です。授業と先生の名前しか分からない授業に体当たりで出てみなければならないのには閉口します。授業スタイルくらいはシラバスに載せておいてほしいものです。この間友達に付いて行った授業では、教室にやたら留学生が多く、何故か後ろの席に座った日本人らしき学生まで英語を喋っていました。私と友達が顔を見合わせていると、座りきれずに入口に固まっている生徒の群れを見た先生が「So many students.」と一言。どう見てもネイティブジャパニーズスピーカーなプロフェッサーに背を向け、そそくさと逃げ出してきました。
10日(火)
ものまねを観ていて、中学生だか高校生の頃初めてものまねを観た時のことを思い出しました。お笑い好きを自称して久しいというのに、今まで人生の大半を無駄にしてきたものだと悲しんだ記憶があります。時たま考えるのですが、お笑い好きはどのように形成されるのでしょうか。誰でも初めは自分がお笑い好きだとは気づきませんが、自覚が芽生えると、意識的にお笑いを観るようになります。「私はお笑い好きなのだからこの番組を観てしかるべきだ」という使命感のようなものに突き動かされたり、お笑い好きなキャラクターを維持するために観るという動機もあり得るでしょう。あげくの果てに自分自身がお笑いをやり始めようものなら、勉強のためという大義名分まで生まれてしまいます。何が言いたいかというと、私はもはや相当に不純な気持ちでお笑いを観ているということです。自分が世の中の平均よりもお笑いを好んでいるなどとは夢にも思わなかった小学生の頃、漫才にはボケ役とツッコミ役がいることを発見して自分が天才だと勘違いしたあの輝かしい日には二度と戻れないのです。そして私がお笑いオタクかどうかという議論に話を広げますが、特定の対象に一定以上(他人が苦笑する程度)の消費活動を継続的に行うというのがオタクの重要な要素ではないでしょうか。一方私は、NHK爆笑オンエアバトルのガイドブックくらいしか買ったことがないし、お笑いライブにもめったに行きません。この程度の消費レベルではオタクだとはとても言えないと思います。そもそもオタクと言えるほど詳しくないですしね。まあ、ケチなオタクであるという説もなきにしもあらずですが。
9日(月)
美容院で、社会人一年生の美容師さんと少しおしゃべりしました。大学生だと言ったら、うらやましいなと言われたのですが、私はせっかくのモラトリアムを有効に使っているのかどうか非常に疑問です。今しかできないでっかいことをしなければと思いながら、つい老後にすべきようななぐさみごとに熱中してしまったりする毎日。4年では短い気もするけれど、長くなったからといって何もしないだろうという気もします。まぁ、今何をすべきかなんて誰にも分からないわけで、やりたいことをやりたいようにするしかない、それがモラトリアムなのでしょう…と、色々考えるきっかけになりました。とにかくそれなりに今しかできなさそうなこともやりつつ(落研とか)、楽しく過ごしている私は幸せ者だ、とおめでたい結論に至ったのです。そんなわけで今日は、髪を洗いながら話を振ってくる美容師さんに出会いました。シャワーの音で大半が聞き取れなかったのですが言い出せずじまいでした。
8日(日)
今日は目覚ましもかけていないのに自然に目が覚め、すっきりと朝を迎えることができました。ところが、直前に見ていた気持ち悪い夢のせいで激しく気分を害し、口直しに二度寝せざるを得なかったのです。なんと、母親が思いっきり青春している夢でした。夢の中で私は青くなり、甘酸っぱい恋にうつつを抜かしていないで妻や母としての務めを果たすよう必死に説得を試みていたのです。現実でなくて本当に良かった…しかし、印象が薄れるにつれ、変な夢を見た自分に対して嫌気が増してきました。何故母親が青春する夢なんぞ見たのでしょうか。どうせなら夢の中でくらい、自分が青春すればよかったのに。
7日(土)
落研有志のコント集団7ph第12回公演「ツール・ド・ラファホリック」が無事終了致しました。いやーコントライブとしても純粋に面白かったのですが、先輩の新しい一面、同期の働きっぷり、そして1年生の頼もしい姿が見られて、一落研部員としても非常に楽しかったです。思えば1年前の第10回公演の時、私(と相方)はまだ裏方専門でした。しかしナナペーハーに触発されて、舞台に立ってみたいという思いを強くし、3週間後初舞台を踏むことになったような気がします。そして一年たった今、改めてお笑いに携わることができる喜びを感じているわけです。ただし、営業先でネタを2回+α飛ばし、やっぱり演者に向いていないのではという疑いが強まっています。
6日(金)
落研有志のコント集団7ph第12回公演「ツール・ド・ラファホリック」の本番1日目でした。すさまじい嵐の中ご来場くださったお客様、本当にありがとうございました。私は久々に授業に出た後お手伝いに行ったのですが、お客様の傘に貼った目印のビニールテープをはがす以外に役に立ったとは思えません。明日はもっといい天気になりますように。そしてもっと笑い中毒者が増えますように。ついでに、私の傘が直りますように。
5日(木)
相方と今度営業でやるネタの練習をしながら、夏休み最後の一日を満喫しました。それはそうと、明日から落研有志のコント集団7phの本番なのですが、7phが合宿で国立オリンピック記念青少年総合センターを使ったことをついさっき知りました。7phブログをちゃんとチェックしていなかったせいで気づくのが遅れたのです。オリンピックセンターは私が内閣府中国派遣の研修でお世話になった施設であり、相当に思い出深い場所になりました。2日の日記でも「誰にも分かってもらえない」と思いながら少し触れたのですが、7phの皆さんはひょっとしてオリンピックセンターのベルトコンベアを知っているのではないでしょうか。どうなのでしょうか。と、非常に興奮したものの、どっちにしろベルトコンベア談義で盛り上がってくれる相手がいるとは思えません。
4日(水)
来年春から進学が内定している文学部某学科のガイダンスがありました。迷路のような建物の中で迷いまくり、他の学科の人に道を聞いたら嘘を教えられ、おまけに爆笑され(迷っていたから笑われたのか、学科を馬鹿にされたのか、私の顔が面白かったのか、気になります)、結局救ってくれたのは警備員の方でした。抜け穴のような通路を抜け、意味不明に設置された仏像を横目に階段を上ってようやく研究室にたどり着きました。かれこれ20分はさまよったでしょうか。確かに高校時代から行きたかった研究室ですが、まさか初めて入るときに涙がにじむとは思いもしませんでした。
3日(火)
某有名私立大学の友人宅にお世話になった後、授業に潜らせてもらいました。他の大学に潜るのは初めてだったので、さりげない教室設備が非常に気になりましたね。東大の椅子は私が知る限り一人用のものしかなく、後ろの机にくっついているか、最悪の場合隣の椅子にくっついているのが主流です。しかし今日私が座ったのは、クッションつきで、4人でも座れそうな長さの所に2人がけでゆったり座れる長椅子でした。勿論机も広く、自分が普段いかに窮屈な思いをしているか痛感したためか、思わず突っ伏してしまいました。居眠りする分には、どんな椅子でも変わらないようです。
2日(月)
落研有志のコント集団ナナペーハーのホール入りだったので、お手伝いのため学校に行きました。そんなわけで今日は変貌した駒場キャンパスについて語りたいと思います。今まで工事のために塀に囲まれていた暗い空間が急に開けて、カップルが愛を語りそうな芝生の庭的なものができてしまったのです。庭を囲んで生協や図書館のガラス張りの壁が光り、吹き抜ける風が気分を高揚させます。すっかり「素敵なキャンパスライフが送れそうな」錯覚に陥った私は、相方と早速新しい食堂を利用しました。そこではなんと、使用済みの食器をトレイごと回収するベルトコンベアが導入されていたんですよ。自分の使った食器を自らゆすがなければならなかった旧食堂が今や幻に思えます。皿を差し出したら蛇口から水が出るという、センサーがついているのが不思議だったあの汚い流し台、私は忘れませんけどね。とにかく21世紀はベルトコンベアの時代ですよ。ようやく東大駒場生協食堂もオリンピックセンターやNHK職員食堂の水準に追いつきました。あ、例えがマニアックすぎる。
1日(日)
魔法使いの話をずっと読んでいたため、時間割を決めようと授業紹介を読んでいても、「薬学」が「魔法薬学」に見えてしまいます。しかし学習意欲が驚く程高まっているのはいいことかも知れません。本でもテレビでも、頑張っている人を見ると自分もやる気が沸いてくるもの。受験期にアテネオリンピックに励まされた思い出がよみがえります。とにかくこのままでは、10月病(4月病と同じ症状)とあいまって、私の今期の時間割はぎゅうぎゅうになってしまうでしょう。そして来月、駒場祭準備の忙しさとあいまって、11月病(5月病と同じ症状)にかかるに違いありません。
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30日(土)
NHKの第74作目となる朝の連続テレビ小説「純情きらり」が最終回を迎えました。ヒロインの起用にオーディションを用いないなど、従来の方式を変え、力を入れて制作した作品だったわけですが、私にとっても今までになく思い入れの深いドラマでした。何しろ見逃すのを恐れる余り第8週目から最終週である第26週目まで毎日予約録画をしてしまったのです。最終回を観た時には、もはや達成感に似た感動がありました。このように何かにつけてNHKの宣伝をしている私ですが、断じてNHKの回し者ではありません。私はNHKから一銭も受け取っていないどころか、受信料を払っています。
29日(金)
冬学期の時間割冊子の配布が始まったので、いそいそと学校に行きました。どちらかというと生協の書籍部へ行きたいという動機の方が強かった気もしますが。風邪をひいたこともあり、今日明日あたりは家でゆっくりと読書をすることにしたのです。3週間の中国滞在という非現実世界から現実世界へ帰ってくるには、それくらいのリハビリが必要でしょう。そんなわけで、世界的大ベストセラーファンタジーの第六巻(上・下)を買ってきました。おかげで頭の中が魔法でいっぱいになっているのですが、私は無事大学に戻れるのでしょうか。
28日(木)
私の前世はイタリア人かも知れません。というのは「イタリア人はスパゲッティとピザを頻繁に食べる」という偏見からくる失言ですが、実際、私は人生の大半を「スパゲッティが食べたい」と思いながら過ごしている気がします(ちなみに、ピザが食べたいという欲求は、ピザを模したパンを購入することによって割と安易におさまります)。しかし、スパゲッティを諦めなければならないケースは意外と少なくありません。今日も、冷蔵庫に母が残した食材を消化するために、スパゲッティを断念したのでした。私はめかぶのサラダとスパゲッティの共存をどうしても許すことができなかったのです。めかぶのサラダに入れるため、私は包丁できゅうりをきざみ、缶切りでカニ缶を開けました。そう、缶切りで缶詰を開けたのです。一人暮らしを初めて一年半になりますが、缶切りを使ったのは初めてでした。そして、今日の日記で私が言いたいのは、「缶切り不要のプルトップ缶が普及している」というただ一言なのでした。
27日(水)
一昨日くらいから風邪をひいているのですが、それを厭わずに友人が遊びに来てくれました。実は、内閣府の派遣事業の存在を教えてくれたのが他でもないこの友人なのです。私は中国、友人は韓国派遣で参加し、旅の思い出を語り合いました。というより一方的に語っていた気がします。何せ友人は何度も訪韓の経験があり、日本でも韓国の情報をかき集めて生きている人なのです。今回の旅で新鮮な体験をしたのは、初めて中国へ行った、本来引きこもり性の高い私の方だということに間違いはありません。そう、私は自分の部屋に一人でいるのが大好きで、何日でも籠城していられます。なのに何故こんな事業に参加しようと思ったのかと多くの人に聞かれ、我ながら疑問に思い、自分自身を見つめてみました。そして至った答えは「反動」です。また数年後、突然どこかへ旅立つ日が来るでしょう。
26日(火)
芝浦工業大学お笑いサークルムチャピンのライブに出させていただきました。設備も雰囲気もよくてうらやましい限りでしたね。そして久々に相方と会い、漫才をし、夏休みボケが少しずつ治っていくのを感じました。やはり私の帰りつく先はお笑いなのだな(=お笑いが好きなのだな)と実感した次第です。3週間中国に行っている間、自分が日本でどんな人間だったか本当に忘れそうになっていました。中国での私は、目立ちたがりではあるけれど人見知りで引っ込み思案な、どこでも居眠りする困った大学生でした。あれ、いつもと一緒な気がする。
25日(月)
先月京都旅行のホスト役だった友人が今度はゲストとして東京旅行に来ています。私は優柔不断な性質と引きこもりがちな生活習慣のためか買い物が不得手であり、誕生日プレゼント等は悩みの種になりがちなのですが、この日友人に渡したものはなかなかの評判でした。ブログにまで気に入ったと書いてあったので嬉しかったです。ただ、「季節はずれのプレゼント」というコメントには納得がいきません。確かに友人の誕生日は3月ですよ。しかし、3ヶ月前倒しのプレゼントを2年連続でくれたから6ヶ月前倒しで渡したのに、そこのところの数式がいまいち伝わっていなかったようです。
24日(日)
人生観が180度変わってしまいました。母が広島から片付けを手伝いに来てくれているのですが、その母と話している時に、恐ろしい事実に気づいてしまったのです。私は大学入学以来、約1年半現在の部屋に住んでいます。しかし今までずっと北だと思っていた方角が実は南だったのです。どうやら私は方向音痴、所謂ほんちというやつのようであります。
23日(土)
内閣府の青年親善交流事業で3週間中国に派遣されていました。久々の更新です。ネットからもテレビからも離れて異国の地を旅していたので、完全にボケてしまっています。日本を離れている間に台風は来るし、親王殿下はご誕生するし、文学部の某学科に進学が内定するし(東大は3年生から学部に分かれます)、色んなことが起こっていました。現実世界への復帰には時間がかかりそうです。3週間分のブログやテレビ番組をチェックして、早くリズムを取り戻そうと思います。しかしそうは言っても、日本のテレビを見る機会がなかったわけではありません。中国ではネット上でテレビを見るのがかなり普通らしく、ホームステイ先の子供たちも猫型ロボットのアニメや玉を七個集めるアニメを見ていました。それに、NHKの海外向けサービス「NHKワールド」もあります。派遣団の仲間と一緒に昔のドラマの再放送を見て、日本を恋しがったりできました。帰国後の調査によると、どうやらリアルタイム放送だったようですけどね。あのレトロさは何だったのでしょうか。
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31日(木)
内閣府の青年親善交流事業で中国に派遣されるため、9月22日まで更新はお休みです。しかしその間も落研有志のコント集団ナナペーハーの皆さんは着々と公演準備を進めています。構成員のブログも始動!是非ご覧ください。
30日(水)
スーツケースを宅配便で送ることにしたのですが、肝心の時に伝票(正式名称不明)が出てきませんでした。昨日書いて机の上に置いたはずなのに、ない。諦めて書き直すことにし、送り先が書かれた書類を出そうと鞄の中を見ると、そっちもない。ベッドの上にもない。どこにもない。「何でないねんな!おかしいやろ」とエセ関西弁独り言が噴出し、衣類の山をかきわけゴミ袋を投げ散らかし、23区全域に聞こえる声で「落ち着け、私!」と叫ぶくらい焦りました。4回目に鞄の中を見たら書類が平然と入っていたので何とかセーフだったのですが、我にかえって部屋を眺めて、呆然とせざるを得ませんでしたね。少し前まできれいに畳まれていた、何の罪もない服たちの無残な姿。先月やったネタの思いがけぬ出現(on床)。その傍らに横たわるトイレットペーパー。ため息をつきながら机の上のおせんべいを手に取ったら、その下から伝票が出てきました。ドラマでよく感情が高ぶって手紙や書類を破る演出がありますけど、あながち大袈裟とも言えないですね。
29日(火)
ホーム停車時のアナウンスが途中で途切れたので耳をすませたら、しばらく沈黙が続いた後「バシッバシッ」という音が聞こえ、さらにしばらく後に通常のアナウンスが再開されました。
①アナウンスの途中に危険物を持った男がトレインジャックを企てて侵入し、揉み合いになるが、すぐに逃げていった。
②アナウンスの途中に「声低すぎじゃね?」と運転手がダメ出しをし、逆ギレした車掌と揉み合いになるが、すぐに仕事に戻った。
③アナウンスの途中に運転手がちょっかいを出してきて、「オレ脇弱いって言ってんだろ」とじゃれ合いになるが、すぐに我にかえった。
妄想が広がります。
28日(月)
朝の4時まで映画を観たことによって、規則正しい生活を乱してしまいました。昨日までは朝ドラに合わせて起き、5度寝し、日が暮れてから買い出しに行き、26時からソーラン節の練習をして27時半に寝るというリズムを正確に刻んでいたのに。
27日(日)
中国に行っている間3週間もテレビが見られないので、その間の「爆笑オンエアバトル」や「功名が辻」や「純情きらり」や「中国語会話」や「宮廷女官チャングムの誓い」や「謎のホームページサラリーマンNEO」や「笑いがいちばん」(順不同)を録画しておかなければなりません。NHKの番組ばかりなのは偶然です。そして前半4つは日本にいようが毎回永久保存版にしているのもきっと気のせいで、問題はハードディスクの空き容量でしょう。現在荷造りそっちのけでDVDディスクに移す作業を行っております。ついついダビングしながら観てしまうのですが、お正月番組のしっくり来なさが尋常じゃありませんね。寒いとか雪だとか言われても何のことだか分からないんですよ。8月って、冬がどういうものか最も忘れている月ですもんね。そんなわけで「初笑い東西寄席」を観ていたのですが、これもNHKなのは偶然ではありません。
26日(土)
今日は落研有志のコント集団ナナペーハーの看板作りに遭遇して少しだけお手伝いしたり、中国行きに必要なものを買い揃えに行ったりしました。そして、中国派遣まで1週間を切っているのにまだ荷造りに手がついていないとか、どこに行くか認識していないとか、現地で披露するソーラン節の振りを忘れているとか、問題は色々あるものの、何よりマズイのは体力のなさではなかろうかと思い至ったのです。そんなわけで突如体を鍛えたくなり、電車を使わず徒歩で帰ることにしました。夏休みで定期も切れているし、絶好の機会だと思ったのです。その道すがら、日本語のうまい外国人に道を聞かれたので、自分が迷っていることも忘れて親切に教えてあげました。
25日(金)
今日は、実に有意義なことに、11枚のレジ袋を、3角形に折りたたみました。
24日(木)
自分の部屋が臭くて汚くて散らかっているだろうと思っていたのですが、昨日久しぶりに帰ったところ、意外とキレイで驚きました。しかしベッドカバーをめくってみたら、中からあらゆる物がが出てくるわ出てくるわ。過去の自分に騙されたというのはこういうことを言うんでしょうね、ってそんな頻出フレーズでもありませんけど。さしあたって5月2日に買って以来室温放置の玉ねぎとどう向き合うべきかが今後の鍵です。あ、こう書くとベッドの中に玉ねぎを隠しておいたことが原因で部屋が臭くなっていたという風にも読み取れますね。違います、部屋も臭くないし、さすがに玉ねぎをそんな所に隠したりなんかしません。ベッドから出てきたものなんて、飢餓国への罪悪感くらいです。
23日(水)
帰省第二部が終了、そして大学お笑い日本一決定戦2006決勝を観に行きました。出演した皆さん、応援に行った皆さんお疲れ様です。久しぶりにお笑いを見たので楽しすぎて涙目になり、久しぶりに落研部員に会ったので嬉しくて細目になったのですが、「成績見た?」という相方の一言で気分が墜落しました。2年生は今日夏学期の成績発表だったんですね。優秀な相方に対し私の成績表はパッとしないものでしたが、どうやらうちのコンビは無事3年に上がれそうです。それもこれも皆様の応援があってこそ。というよく聞くけれどなかなか使う機会のない台詞を言ってみました。
12日(土)~22日(火)
ネット環境がなかった間の雑記です。
12日(土)
帰省第二部が始まり、大阪の祖母宅から京都の友人宅へ。家主の所属するサークルの演奏会にも足を運びました。実は、私が全く別々に知り合った3人の友人が、同じ年に同じ大学の同じ学部へ入学し、同じサークルに入ったんですよ。偶然とは恐ろしいもの、世間とは狭いもの。縁は異なもの味なもの、そんな京都旅行の幕開けです。
13日(日)
この日もコンサートでした。うますぎて涙が出そうになったのですが、一部大変失礼な態度で拝聴してしまい、申し訳ない限りです。昼は、抹茶パフェやあんみつなどの和風スイーツを5人でつつき合ってご飯代わりにするという若気の至りプランも決行しました。理性を失って食い散らす醜い姿をさらせるのも、気心知れた高校時代の友人だからこそでしょう。
14日(月)
舞妓さんの格好をしました。こういった体験は「意外と可愛い、意外とキレイ」というのが楽しいのであって、私のように「半端なく似合う」のはつまらないのだと発見しました。それにしても「体験者の大半がカツラと着物の締め付けによって吐き気を催す」(お店の人談)ってどうなんですかね。ちなみに、抹茶パフェをランチにする若気の至りプラン、2日目でした。
15日(火)
炎天下の京都御所へ行った気がしますが、暑さのせいで記憶が曖昧です。友人の所属するサークル御用達のお店で夕食をとり、一行と別れて私だけ祖母宅へ帰りました。お昼は勿論、若気の至りプラン3日目だったのですが、3日目にして限界が判明。ほぼ全員が消化器のトラブルに遭い、午後の予定をキャンセルして休養することになりました。よいこの皆は真似しないでね。
16日(水)
離隊した私以外のメンバーは嵯峨野ツアー。生まれてこのかた五山の送り火を見たことがないとぼやきつつ、母・祖母と墓参りに行きました。お経を子守唄に寺で寝るのは当然といえば当然です。しかし、親戚とお茶している最中に寝るのはいかがなものでしょう。3日前友人のコンサートで寝た時以来の衝撃が走りました。
17日(木)
一人また一人と京都を去り、残り2人の友人が大阪の祖母宅に泊まりに来ました。2人は疲れて早めに寝たのですが、私は突如アレルギー性鼻炎を発症。別室で一人3時半まで鼻をかみ続けなければなりませんでした。
18日(金)
友人を高速バスのりばまで見送りに行き、ついに京都旅行の幕が閉じました。そんな時、のりばの向かいに杮落とし公演をやっている劇場を発見したのです。ミュージカル好きとしては黙ってはおれず、全身全霊をかけて母親をけしかけました。
19日(土)
乗せられた母とお出かけ好きの祖母と私の3世代でミュージカルを観ました。横で祖母がむっさ寝ていたのですが、ミュージカルでは決して寝ず、授業や演奏会や法事や映画やテレビや芝居で寝る私に糾弾する資格はないと思います。というかそもそも、何人たりとも他人の睡眠権に口出しをする権利はないと思いませんか?今日という今日はこの場を借りて言わせていただきますよ。えー、本当に、すみません。
20日(日)
高校野球の決勝を観て、買い物に行きました。
21日(月)
高校野球の決勝再試合を観て、買い物に行きました。
22日(火)
突然豪雨と雷に襲われ、近くで停電までも起こる中、幼なじみが訪ねてきてくれました。これで大阪滞在も最終日です。実を言うと、祖母の家は大阪ではなく兵庫なのですが、それはいいとして、古い友人との再会を多く(1、2、3…あ、そうでもない)達成した帰省第二部でした。
11日(金)
去年葬式が私の誕生日とかぶるように息を引き取ったナイスな祖父の初盆ということで、父方の親戚が集まってお墓参りに行きました。母方の親戚は落研に入ったと言うと大半がヒくのですが、父方の親戚はお笑い系が多いようです。かくいう祖父も落語やお笑いが大好きでした。皆本当に面白い人達で、さしあたって従弟のピン芸がもてはやされていることに心から嫉妬しています。しかし向こうには叔父というマネージャーがいることや、かたや小学生かたや東大女子という決定的ハンデを考えると正当な評価は出来まい、と真剣に計算している自分が悲しいです。
10日(木)
帰省第一部終了に向けた荷造り作業の合間を縫って幼なじみと会い、さらに大学受験期にお世話になった塾の先生に会いに行きました。先生は大の読書家で、教室が「本の中に部屋がある」状態になる程なのですが(あ、さすがに少し言い過ぎたかも)、うちの両親も読書量はさておき本が好きなことに関してはなかなかのものだと思います。とにかく家に本を持ち込むんです。父は購入時にカバーをかけてもらった本を積みあげて、後々何の本か分からなくなるのが趣味だし、母には本屋で買うだけでなく近所の銀行から本を借りてくる習慣があります。私にも意味が分かりませんが、待合スペースに本が置いてあり、勝手に借りて帰っていいらしいのです。今日母は、そのようにして最近借りて非常に面白かった本を友人に又貸ししようとしていました。「これ、銀行で借りたんだけど、面白かったよ」するとそのお友達は「あ、この本私が置いたのよ」と一言。縁は異なものと二人は盛り上がっていましたが、単に田舎臭いだけではないかと疑わざるを得ません。
9日(水)
「大学お笑い日本一決定戦2006」の予選Aブロックが行われ、東大落研の決勝進出が決まったそうです。私は残念ながら気持ちだけ部員の皆さんと一緒に応援していました。本当に行けなくて残念だったので、「ハチ公前に集まっています」というメーリスが流れた時「まだ広島にいるのでちょっと遅れます」と返信しようかと思った程です。しかし何より、ハチ公前に集まって応援に行ったことは知らせてくれたのに決勝進出決定の知らせはなく、公式サイトで調べるしかなかったことに若干の不満を覚えています。
8日(火)
後輩と再会を果たし、虫歯を治療した挙句に映画を観るという有意義な一日を過ごしました。観たのは、名前を書くとその人が死ぬという死神のノートを手に入れてしまった青年を主人公とする漫画を映画化したもの(題名書いてしまえば5文字で済むのに…)です。私は父と行ったのですが、カップル客が多い中、前の列に子供連れの一家も座っていました。この映画の面白さを理解するには幼すぎる子供2人と、子供の襟足をとても長くする系の夫婦です。そこで幼少時代を振り返り、同級生に襟足の長い子がいたかどうか考えたのですが、よく覚えていないんですね。そして、そういった襟足は記憶にしっかり残る程の年齢になると切られてしまうものなのではないだろうかという推論に至りました。極めて幼い頃は親のなすがままの髪型を受け入れるしかありませんが、やがて子供本人が長い襟足を切りたいと口にするようになるのです。それはまさしく自我の芽生えという儀式なのだ、などと思いをめぐらせているうちに、次々と人が死んでいきました。
7日(月)
この日記もいつの間にか折り返し地点を通り過ぎました。次回の帰省の時にはもう八代目が書くようになっていると思うと、広島紹介なんぞをするのも今回がラストチャンスです。そんなわけで、役に立たないに違いないローカル情報をお伝えしたいと思います。広島には自動改札機がないという話を2月23日に書いたのですが、来年にはICカードが導入されるようです。そして、そういえば新交通システムだけは完全に自動改札ですし、私鉄・バス共通のプリペイドカードは既に普及しています。しかし、東京の地下鉄でカードを使うのと広島の路面電車でカードを使うのとでは全く事情が違うんです。値段は同じ、1000円・3000円・5000円ですが、買うと1割分おまけがつくという点に注目しましょう。つまり、おまけをつけてでも買わせたいわけだと言いたいのですが、続きはまた別の機会に。
6日(日)
8時15分にテレビで式典の様子を見ながら一応黙祷した後、高校のプチ同窓会でバレーボールをしに行きました。私の母校は中高6年間やたらとバレーをさせる学校だったので、球技という球技全てが苦手な私もさすがにルール位はマスターしているのです。しかし日程が悪かったようで、特別に場所を貸してくれた校長先生まで駆り出さなければゲームができない程の人数でした。あ、校長先生と聞くと会社の重役っぽい人をイメージされるかも知れませんが、うちの校長は体育教師なのでご心配なく。パスに失敗するとにこやかにボールを投げつけてくれます。
5日(土)
広島の実家に帰って来ました。今回はノートパソコンの持ち運びに初挑戦です。新幹線の中でパソコンを使うのが以前からの憧れだったので、完全に自己陶酔に陥りましたね。この日記も実家のボロパソ子からではなく使い慣れたマイパソコンから更新しています。おかげで線を一本差し込めば簡単にネットに接続できることや、接続さえすればどこからでもメールを受信できることを知りました。私がいつも使っているアドレスにメールを送ると東京の私の下宿に届くものだとばかり思っていたのです。そうではなくて、私が使っているパソコンに届いていたんですね。だからパソコンを広島に持って帰れば広島にメールが届くと。ええ、はい、違うことは分かっていてわざと言っているんですが、私の理解は言葉で説明できる段階に達していません。
4日(金)
東大落研内にはいくつかの軍団・教団が存在しますが、争うでもなく思想を流布するでもなく、互いに仲良く活動しています(意味不明ですが私の文章力の問題ではありません)。今日はその中でも最大最強と噂高い軍団の作戦会議がありました。いやぁ楽しかったです。1年生も相方も面白いですがやっぱり先輩方は本当に面白い!今年卒業してしまう人が結構多いので、今のうちに色々語り合っておかなければなと思います。しかし参加できなかった人がいて残念でした。次回こそ女子部員全員で遊びに行きたいものです。
3日(木)
今日はゼミの補講に行きましたと言うとあたかも真面目に聞こえますが、別件で学校へ行ったら先生に会ってしまい、しかも単位をつけたよと言われたので帰りにくくなっただけです。行って本当に良かったとは思っていますが、その他は何かとひどい一日でしたね。まず、所持金に対する考えが足らず、私鉄のプリペイドカードと新幹線の切符と夕食を買ったら残金が33円になってしまいました。明日早めに出て銀行に寄らないと大変なことになるのでひやひやしています。そして、この1ヶ月コンビニ弁当を買いすぎた罰で景品を貰ってしまいました。自炊をしないからこそ40点もたまったというのに、お皿をくれるというこの皮肉っぷりがたまりません。
1日・2日
落研夏合宿で千葉県白浜に行ってきました。そういえば春の合宿も千葉だったので、宿を選んでいる現部長は千葉が好きなのではないか疑惑が持ち上がったのですが、結局聞いて確かめないまま合宿が終わりました。そんなことを聞く暇がない程楽しかったということです。この2日間で大体のことはやりつくしましたね。はしゃいだりふざけたりもさることながら、真剣に悩みを聞いてもらったり、実に有意義な時間を過ごしました。一体どれ程笑ったことでしょうか。そして笑いの陰にある愛と友情の何と素晴らしきかな。本当に落研は魅力的な人々の集まりです。先輩を気遣う後輩、後輩を思いやる先輩、働き者の同期達。笑いを愛し、落研を愛する部員の仲間が、私は前より一層好きになりました。そして、そんな風に落研を愛する自分のことが、何だかんだでかなり好きです。
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31日(月)
レポートを2つメールで提出し、ついに夏休みがやってきました。やろうと思えば何とかなるものですね、4時間昼寝してしまった時はもう駄目かと思いましたけど。図らずも長い昼寝をしてしまうとショックですが、目が覚めた時パソコンなどの電気製品がつけっ放しになっていると、余計に自己嫌悪に陥ります。私は日頃そんなに音楽を聴かないのですが、今日は昼寝の直前にたまたまパソコンでCDをかけていました。そしてそのまま意識を失い、4時間の間エンドレス再生してしまったのです。目が覚めたらモーツァルトがガンガンかかっていて落ち込みましたよ。あーあ、めっちゃ頭良くなってたらどうしよう。
30日(日)
昨日・今日の2日間、海老名市で相方と漫才をしてきました。外部のライブにコンビとして出るのは初めてのことです。久しぶりに相方のツッコミを受け、やはり相方と組む楽しさに勝るものはないとよく分かりました。そして、3人の先輩と2人の同期と一緒に行って来たのですが、先輩の背中を見ているだけでも、経験はものを言うなと勉強になった気がします。その他にも、初めての体験がてんこもりでした。青空の下漫才をするのも初めて、自分達の声がマイクで響き渡るのも初めて、自分達の過去のネタを覚え直すのも初めて、過去のネタのダイジェスト版をやるという卒業していく先輩が追い出し寄席でやるようなことをやってしまうのも初めてで、非常によい経験をさせてもらいました。
29日(土)
26日の日記に書いた不干斎ハビアンについて全国から問い合わせが殺到したのでお答えします。不干斎ハビアン(ふかんさいはびあん)とは、安土桃山時代のキリシタンです。禅僧だったのにキリスト教に改宗し、神道・儒教・仏教をさんざんいびったあげく、また棄教して今度はキリスト教をこきおろしました。しかしそんなことはどうでもよくて、私は単に不干斎ハビアンという名前の響きに夢中なんですけどね、と、ここで訂正です。先ほど「全国から問い合わせが殺到した」とお伝えしましたが、当然ながら嘘でした。お詫びして訂正致します。
28日(金)
テストが終わった瞬間にセミの声がぐっと大きくなるのは気のせいでしょうが、試験期間中に夢中になっていたことに急に興味を失うのは確かですね。スナック菓子依存症も慢性ネットサーフィン疾患も急に治ってしまいました。そんなことより今日は東大落研の部員数名がラジオに出演したんです。秋葉原アイドルが東大落研にお笑い修行に来るという設定で、設定というか実際そうだったのですが、皆で大喜利をしていました。聞いていて感じたのは、やはり私には大喜利の能力が致命的に欠けているということです。せっかく試験が終わって暇になったので、大喜利自主練でもしようかと思います。どれ位私が暇か、これから3日間のスケジュールを聞けば納得していただけるでしょう。まず日本語と中国語のレポートを1つずつ書き、漫才の舞台を2回踏んで、落研夏合宿の買出しに行くんです。ちなみにこの日記は、本当は29日深夜2時に書いているのですが、まだ漫才1回分しか終わっていないので余計に暇で仕方ありません。いやー、何だかこうやって書いていると本当に暇なような気がしてくるので不思議なものです。
ところでラジオと言えば、現在落研6年生の握りっぱなし亭BBさんがネットラジオを開局されました。さすがベテランです! BBのネカシトキナ
27日(木)
翌日に最後かつ最重要である必修中国語の試験を控え、一日机にかじりついてもいい位の日だったのですが、どうしても今日済ませなければならない用事のため外出しました。そして、5時間で返せばDVDのレンタル料が100円を切るという恐ろしい店を発見してしまったのです。この試験期間中、得たのは糖分と脂肪分だけで、大切なものを失っていくばかりだった私の中に、勢いで入会しない理性が残っていたのは奇跡だと言っていいでしょう。まあ、さすがに最後の夜なので、集中して一生懸命やった気がしますよ。合間に少し気分転換で中国語もしましたけどね。
26日(水)
今日は16時50分開始の試験が一つだけでした。余裕をかましていたら案の定15時頃眠気がピークに達し大変なことになりましたよ。埒が明かないのでアラームをかけて仮眠をとろうとしたのですが、寝ながら携帯をいじっていたら、誤ってクラスメートに電話をかけてしまったんです。しまった、と思って切ったまま寝始めたら、向こうからかけ直してくれました。おそらくここ一年間会話をしていない位の仲なのに律義な人です。いや、だからこそか。とにかくA君ごめんね。そんなことになったのも、資料に出てきたとある人名にひっかかって無駄に時間をとられたからなんです。不干斎ハビアン。この胸のときめきを共有してくれとは言いませんが、是非一度声に出してみてください。やたら息を吐く発音ばかりが並んでいませんか。何度も呼びかけていると完全に気が抜けて眠くなります。
25日(火)
人生初の浮気、終了です。2人とも浮気だったので、お互いに本来の相手の要素を求め合う結果となった気がします。新たな可能性を探るというよりは、自分にとって大切なものが改めて実感される機会になったのです。きっと世の中の浮気のほとんどはそういうものなのでしょうね。しかし、非常に勉強になったのは確かなので、申し訳ないながらもありがたく思っています。今回得られた教訓として一番大きいのは、私は一度に2つ以上のことを考えるのが苦手なので、試験中に漫才をするのは金輪際やめようということです。
24日(月)
今日は1限と2限の試験を放棄し、相方とご飯を食べるためにお昼に登校しました。その後、5限だけは受けるつもりだったので、それまで勉強をしようと図書館に行ったのですが、どこもかしこも人が一杯で、席を探して相当歩き回らなければなりませんでした。本当に、東京大学駒場図書館の「一つおきに座る」風習はどうにかなりませんかね。1064席もあるのにせいぜい6~7割しか使われていない気がします。勿体無いことこの上ないです。しかし悪習を打破して人と人の間に座る勇気がありません。今日私がようやくみつけた席に座っていたら、隣に来た人がいたので、良識ある人だなと密かに尊敬の念を抱いていました。帰りがけにちらっと見たら驚くべきことに知り合いだったんですけどね。後で「ずっと寝てたね」と言われました。
23日(日)
先月は毎日どこかに出かけていて、ほとんど家にいない生活だったのですが、ほとんど家にいなかったことがとあることで実感されました。トイレットペーパーの減り具合に顕著に表れていたんです。1ケ月で1ロール分しか使わなかったような気がしますね。長い間交換していなかった間に12ロールパックの買い置きが荷物台として地位を確立しつつあった程でした。最近は一つまた一つと消費されていき、交換頻度が上がっています。もう少しで4ロール×2段オン1ロールになるので、教科書山の雪崩発生頻度も急上昇の見込みです。
22日(土)
ここ数日寝る前にネットでお笑いの動画を観るのにはまってしまい、その習慣が昼夜逆転の一端を担っています。ネットで動画を漁ってまで勉強をサボる位なら人に借りたDVDを先に観るべきなのでしょうが、返すのはいつでもいいと言われたのでつい後回しになっているんです。この場を借りてすみません。とにかく、悪循環を断ち切るため、今日は晩御飯を食べながら動画を観ることにしました。おかげで寝る前の時間を大掃除にあてることができ、キッチンがピカピカになって気分爽快なのですが、何かが間違っている気がします。
21日(金)
雨にも負けず胃痛にも負けず、下痢にも夏の寝冷えにも負けぬ丈夫な体を持ち、出る前にお茶と少しのご飯を食べ、ノートをよく読んでも分からずそして忘れ、初めに過去問と同じ問題あれば手抜きだと怒り、最後に記述問題あれば嘘八百を書き、分からない時は涙を浮かべ、記憶をたどっておろおろ迷い、皆に「割と何とかなった」と言われ、賛同できず解けた気もせず、そういうわけで、単位が欲しい。
20日(木)
目が覚めたのがそもそも15時だったのですが、明日の試験を気に掛けつつのんびり昼寝などしていたらいつの間にか22時、という世にも素敵な事態になってしまいました。そこで、少しでも頑張りやすくするために「ノートに最後まで目を通したらスーパーでご褒美用に購入したティラミス風プリンを食べていい」というルールを制定したんです。ところが豆腐のようにもろい集中力のおかげで全くはかどらず、時間はいたずらに過ぎていくばかり。仕方なくピザ風パンやクラッカーやチョコレートを食べて空腹をしのぎ、ついに目を通し終わったのは翌日の朝9時半でした。私は眠気と焦燥感と空腹感が頂点に達した極限状態の中でティラミスプリンにむしゃぶりつき、食べ終えたと思いきや布団に倒れ込みました。そして2時間後。寝不足の空きっ腹にお菓子をぶちこんだ直後に薄着で寝た私が、致命的な寝冷えと胃もたれと腹痛に襲われたのは言うまでもありません。
19日(水)
韓国朝鮮語の試験は悲惨でしたが、終わったのでよしとします。とにかく一問目に自由作文が出たのが大痛手でした。家族をテーマに選んだのがまずかったのかも知れません。両親の愛に応えるために頑張って親孝行したい、という内容を書こうとしたのですが、単語と文法を知らなさ過ぎて書けなかったのです。しかも「両親の愛を」まで書いて挫折するという気持ち悪い感じになりました。どうせ失敗するなら本当のことを書けばよかったです。
18日(火)
明日は趣味で履修している韓国朝鮮語中級の試験です。今頃(深夜26時)単語帳作りという危機的状況に陥っています。単語と文法を手っ取り早く覚えるには、オリジナル例文を作って暗記してしまうのが一番。お気に入りは「雪は降りますが、現金の代わりに鯨で支払いたいので、空港のターンテーブルで荷物を預かりました」です。去年同じ先生の初級をとっていた時は我ながら気持ち悪いほど日頃からガリガリ勉強していたのですが、今年は人生の他の面が充実しすぎてそれどころではありませんでした。他の面とは言うまでもなく落研のことです。まぁ、今まで勉強しなかったのは私自身の問題なので、明日の朝国立美術館に勉強しに行きましょうか。すみません、私もそうしたいのですが、地下鉄を買うお金がありません。
17日(月)
朝、NHK総合でABUロボコンをやっていたのですが、ロボコンは言うならばロボットのスポーツなので、スポーツ観戦をあまりしない私がロボコンだけは観るというのも変な話だと思いました。少なくとも、私は体を使って何かするよりも頭を使って何かする方を好む文化系ということですね。あ、でもこういう言い方はよくありません。全ての人が体育会系か文化系に当てはまるわけがないですから。しかし、そういえば私は昔からロボコンが大好きでした。誰とも話さないので、自分自身ですっかり忘れていたようです。幼い頃は「今日はロボコンがある」と聞いて「やったー」と叫ぶ程だったんですけどね。いや、誰とも話さないどころか、ロボコンの話をしている人を見たこともない気がします。ロボコンの知名度が気になるところです。それにしても、何故ロボコンが好きなのか本当に不思議で仕方ありません。私は別にロボットや機械が好きというわけでもないんですけどね。文系ですから。
16日(日)
気分を上向かせるためにあらゆることに1日を費やしただけあってかなり回復したのですが、今度はそのせいで放ったらかしになっていた試験勉強に目が向いて、それはそれで気持ちが晴れません。あと気がかりと言えば、大阪の祖母が携帯メールを習得できるのかどうかという問題です。数日前契約したと聞いて早速送ってみたのですが、2日たっても返信がありませんでした。一般的に高齢者は機械に弱いとされていますが、そうでなくても最初は携帯のかな入力方式に慣れるのに時間がかかるもの。音沙汰がないのも当然だと思って様子を見ていたら、祖母の携帯から電話がありました。内容は「封筒の絵が消えてしまってメールが読めない」。読むことすらまだ成功していなかった上に、読もうとしていたら何故か私の携帯に電話がかかるという奇跡が起こったそうです。祖母の携帯は操作の簡単さが売りの機種なのですが、操作方法を憶測で電話説明する難儀を思えば、勉学なんぞ何のその。
15日(土)
おそらく私は周囲が考えるよりも自分が期待するよりも、いい意味でも悪い意味でも普通の人間なのだと思います。最近落ち込み気味で、昨日なんて二度と立ち直れない気がしていましたが、泣いて笑って人に相談したら今日は少し元気になりました。持つべきものは友ですね。しかしまだ八方ふさがり五里霧中です。新調するか修理するかしたいんですけど、どこかにいいアイデンティティーのお店ありませんかね?ちょっとホットペッパー(編集部注:購読料無料の月刊クーポンマガジン)で探してみます。
14日(金)
試験前最後の部会でした。本当なら寂しいところですが暑すぎてそれどころではありませんでした。あんまり暑くて脳味噌が溶解したのか、窓から飛び降りたら涼しいのではないかと真剣に考えてしまいましたよ。しかしこの夏は学外のイベントがたくさんあるので、実際そんなに寂しくないです。外部ライブ出演情報更新中!是非ご確認下さい。
13日(木)
英語Ⅰの試験は何とか切り抜けられた気がします。4月27日の日記に書いたのですが、私は今学期、余りの分からなさに授業中泣き出したことがありました。そしてさすがにまずいと思って次の週泣かないよう完璧な予習をした、その唯一完璧な予習をした課が出題されたという大変ラッキーなお話でした。これで単位が来なかったらどうしましょう。多分、どうせ出ないと思って放り投げた課もしっかり出たので大丈夫だと思います。
12日(水)
いよいよ英語Ⅰの試験が明日に迫りました。仮眠を済ませ、大量の夜食を傍らに用意し、さあそろそろ集中しないとまずいぞという深夜2時、なんと実家からテレビ電話がかかってきたのです。両親は「娘を激励する」との名目の下、母の携帯のテレビ電話機能を使って、私が死刑囚に似ていることを確認してきました。この死刑囚というのは、10年程前に大規模無差別テロを首謀した、某宗教団体の開祖のことです。まあ、中途半端にアイドルに似ているとか言われたとしても、所詮一般人よりアイドルの方が可愛いに決まっているわけでしょう。私は死刑囚と比べてかなり愛くるしい容貌をしているはずなので、不快に思うことはないと思います。
11日(火)
英語の試験勉強は恐ろしくはかどらないし死刑囚に似ていると言われるし、自分には何もいいところがないのではないかという気がしていますが、そんな落ち込んだ時こそチャラチャラした話題を書こうと思います。今日はやたらと人の恋バナを聞きました。本気で惚れたから是非協力して欲しいという話やら、2週間前に告白されたけれど何の展開もないという話やら、今度2人で食事に行くのだがどうしようという話やらです。しかし、一番印象的だったのは「つい5分前に告白したところだ」という話でした。皆それぞれそれなりに真剣なのに優劣をつけるのは間違っているとは思うんですけどね。というか、そもそも日記のネタになんかして本当に済みません。お詫びにこれから英語の勉強をします。
10日(月)
W杯決勝戦、頭突きなど見所満載だったようですが、私はまだ問題のシーンにお目にかかれずにいます。その代わりと言うと変ですが、今日は大阪の祖母の顔を拝むことが出来ました。実は今日人生初のテレビ電話が実現したのです。祖母宅に滞在中の母の携帯を使ったのですが、いやー大変でした。少し耳が遠いため口を近づけないと声が聞こえないし、かといって電話から一定の距離をとらないと顔が映らないので、発言の度に前後運動をしなければならない羽目に陥ったのです。便利になったようで世の中不便だなと感じた瞬間でした。あ、携帯を持った手を動かせばよかったのか。
9日(日)
63日間もの間1日も欠かさず続けていたとあることを、ついに今日しませんでした。途中までやりかけたものの、別に意識的に継続していたわけではないのだからと思ってやめてしまったのです。それはズバリ、非籠城生活であります。久しぶりに一歩も外へ出ませんでした。かといって4日後に迫る英語Ⅰの試験勉強は手付かずのまま。しかし全くの手付かずというわけではありませんよ、さすがに。真の勉強家というのは、ちょっとやそっとの量の勉強では「勉強した」と言わないものなのです。ちなみに私は今日、ネットでダウンロードした単語帳を印刷してホッチキスでとめました。That's all.
8日(土)
このHPの現時点での構造上、新しい月に入ったらあちこちリンクを貼り直さなければいけないということを失念しており、更新休止宣言した日記が表示されていないという致命的な失態を犯しておりました。申し訳ありませんでした。先月も同じ理屈で長い間日記を読んでいただけなかったのですが、きっと二度あることは三度あります。
さて、久々の日記なので調子にのってこの6日間のことを大まかに記させていただきましょう。私が感じた面白さ・楽しさのいくらも伝えきれないことがもどかしくてたまりませんが。 ○政府による軟禁1日目<3日(月)>○ 内閣府の「日本・中国青年親善交流事業」に応募し、内定をもらったので中国派遣の事前研修に参加。会場である宿泊所付研修施設から学校までは20分程なのにもかかわらず5泊6日絶え間なく拘束され、一週間丸々授業を休まざるを得なかった。 ○政府による軟禁2日目<4日(火)>○ 周囲が「中国の福祉施設を視察したい」、「企業を訪ねてエネルギー問題について意見交換したい」等と熱く語る中、「中国の漫才が見たい」としか言わない人間に対しても、中国派遣団の皆様は暖かく接してくれた。 ○政府による軟禁3日目<5日(水)>○ 夜に少々インターネット禁断症状に悩まされるが、まだ一度もやったことがない癖に「落語を中国で披露したい」と豪語する人間に対しても優しい眼差しをかけてくれる中国派遣団の皆様のおかげで克服する。 ○政府による軟禁4日目<6日(木)>○ 中国大使館を訪問。そして国際青年交流会議に参加した外国青年と共に皇太子殿下に拝謁というシュールなスケジュール。せっかく色々な国の方と話す機会に恵まれたが、そんな勇気も語学力もなく断念する。実を言うと日本人と話す勇気も余りない。どうやって中国青年と交流するつもりなのか自分に問いかけてみた。 ○政府による軟禁5日目<7日(金)>○ ありがたいことに中国派遣団員として正式に決定される。実は中国だけでなく韓国やバルト三国などの派遣団も一緒に研修を受けていたのだが、韓国の派遣団の人達と少し交流を広げられた。もとい、交流が広がっていくのを眺めていた。 ○政府による軟禁6日目<8日(土)>○ 団をあげて中国で披露するソーラン節の練習。最後の昼食は黄色もしくは茶色の国籍不詳料理だった。食事に対する6日目までの高評価はどこかへ消えたが、6日間の貴重な経験の重みとしてしばらく筋肉痛は残るだろう。
2日(日)
落研W杯の片付けは今日まで続き、明日も道具類の返却作業が残っているのですが、私は一身上の都合により不参加にさせてもらいました。実は明日から5泊6日の某研修に行かなければならないのです。今日はその準備でてんやわんやでした。場所は東京のど真ん中なのですがネット環境がありません。そんなわけで8日まで日記の更新はお休みさせていただきます。
1日(土)
落研W杯終了です。第1位はブルース小林、今回が2回目の優勝となりました。おめでとうございます。私達は13組中12位ということで、まぁ、納得の結果でした。今回の反省を次に活かしていきたいと思います。言い訳に聞こえるかも知れませんが、駒場小空間で舞台に立つのは初めてだったので、色々と不利な点もありました。特に大きかったのは、舞台上で靴を履いていいことを出番の3分前まで知らなかったことです。それさえ前もって知っていればもっと面白いネタができたのに。ってそんなわけあるかー!
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29日(木)
自分達のネタが面白くない気はずっとしていたのですが、ついに気のせいではないと確信しました。明日はもうリハだというのに、ここへきてネタの大幅改訂です。切羽つまりすぎてネタづくりのポリシーもネタあわせのスタイルも全てかなぐり捨てました。それはもはや私達ではないということなので、ひょっとしたら面白くなるかも知れません。
28日(水)
自主休講や本当の休講のおかげで1日1コマ状態が3日続いています。1コマって楽でいいですね。全然勉強している感じがしない程です。その1コマで漏れなく睡眠を補給しているからでしょうか。そうこうしているうちに駒場小空間入り浸り生活も後半戦へと突入します。本分とか本業という言葉はしばらく聞きたくありません。
27日(火)
昨日のホール入りで部室の荷物をほぼ全て移してあるので、事実上駒場小空間が部室と化しています。涼しいし広いし生協から近いし快適この上ないのですが、唯一気になるのが独特の臭いです。あれは何なのだろうかと不思議でたまりません。臭くはないのですが、全身に染み付くんですよね。一日中とは言わず小一時間の滞在だけでも十分です。体中とは言わず鞄などの手回り品にまでしつこく絡みつきます。だから多分、すれ違った人に「あいつは駒場小空間に行ってきたな」とばれてしまうとは思うのですが、外部の皆様も恥ずかしがらずに落研W杯にご来場下さい。
26日(月)
落研W杯のホール入りでした。一日を落研に捧げたなという感じです。部員の皆さんも作業お疲れ様でした。私は解散を待たずに抜けさせてもらったのですが、その帰り道にちょっと嬉しいことがありました。NHK「爆笑オンエアバトル」司会のアナウンサーらしき人物を見かけたんですよ。相方と定めたガイドライン「街で芸人に遭遇したら躊躇するまい」に抵触するかどうか悩んでいるうちにすぐ見失ってしまいましたが、そもそも一人の時声をかけたりする勇気が起こるはずもありませんし、どう考えても抵触していませんね。
25日(日)
高校時代の友人達と遊園地に行きました。面白いものを見せられるとすぐ自分が見せる側に回りたくなるのですが、今日ももれなくそうでしたね。アトラクションの案内役を自分ならどうやるだろうとか、そんなことばかり考えてしまいました。しかしそれだけなら他の所へ行った時にでも起こることです。さすがに天下の夢と魔法の王国ともなるとグレードがあがり、自分でテーマパークを作りたくなりました。
24日(土)
今日は、私と相方のコンビ結成一周年でした。ありがとうございます。あ、別に拍手してないですか。とにかくぴったり1年前、私達は「秋から舞台に立とう」と決め、コンビ結成記念日を2人で祝うことを約束したのです。その言葉の通り漫才に挑戦するようになり、今日もネタあわせ兼一周年パーティー(会場部室、出席者2名)を行ったのですが、まさか本当に実現するとは我ながら驚きましたね。うわっ、びっくりした。あ、別にクラッカー鳴らしてないですか。
23日(金)
ちょっと現実から離れた一日でした。駅で漫才師(5月13日の日記に書いた人と同じです)を見かけ、騒いでいた女子高生に便乗して握手をしてもらったんです。それで夢見心地になったのもそうですが、今日のメインイベントは明治学院大学落語研究会のライブを観に行ったことでした。そういえば他の大学のお笑いライブを観るのは初めてだったのですが、本当に面白くて、雰囲気もよく、非常にいい気持ちになったんですよ。しかし不思議なものですね、明学を出た途端、突然東大落研が恋しくなってしまい、学校へ引き返し、欠席するつもりだった部会に少しだけ顔を出しました。帰ってみてやっぱり落ち着くなぁと思ったのは当然ですが、現実にも引き戻されましたね。迫り来る落研W杯が恐ろしくてたまりません。観るだけだった一年生の頃の何と楽しかったことか。それと、よくよく考えてみると、何故か第一関節までしか握ってもらえなかった気がします。
22日(木)
W杯第三戦、深夜28時キックオフ、対ブラジル戦が日本の最後の試合になりました。何せブラジルですからね。「王者」ですからね。普通の国日本の応援が終わったので、今朝ネタの第1稿があがった落研W杯に集中しようと思います。いやー、それにしても悔しいですよ。何故私は深夜27時半から28時にかけての仮眠に失敗してしまったのでしょうか。さすがに深夜32時半まで寝た